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小紋屋高田勝 三代目主人・高田啓史さん

小紋屋高田勝 三代目主人・高田啓史さん

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超縮小市場と言われる呉服業界で、確かな芯をもって歩まれる方々の和姿。 プロだからこその思いや葛藤を「着物」というスタイルを通じて拝見いたします。

着物が生業(なりわい)の家に生まれて ー 着物は日常、家業は生活の一部
着物は、家に本があるのと同じようなものだった。
昭和10年の創業以来、三代にわたり小紋を作り続けてきた「小紋屋高田勝」三代目主人・高田啓史さん。
京都でも職人の多いエリアで生まれ育ち、小学校でもクラスメイトの半分ほどが何かしら染色関係の家の出という環境だったそう。
自宅とつづきのお店での家業は生活の延長にあり、着物を着物として意識しない、そんな幼少期を過ごされました。

「初代の頃はまだ皆が、自宅で着物、出かける時には背広を着よか、という時代。」
そんななかでも、七五三の時の記憶は印象的だったそう。
「後で写真で見返して認識し、実感する。着物にはそんな良さもありますね。」
大学卒業後はそのまま業界に入られ、問屋での修行ののちに家業へと戻られました。
きっかけは、30代最後の年の青年会の集まりだった。
高田さんが30代の頃には、すでに着物は「特別な日のもの」となっていました。
業界の人間すらも着物を着なくなってしまった現状に「これではダメだ」と声をあげたのが、染織青年団体協議会(青年会)でした。
高田さんはまさにその青年会の会長をされておられたのです。

「みんなで着よう、せっかくなら楽しもう。他にはないものを作ろう。」

京都駅ビルでのファッションショーをはじめ東京での展示会には、財界やファッション界の著名人がどこからともなく聞きつけてお越しいただくなど想像以上に注目され、これがひとつの節目の体験となったそうです。

男性の和姿では珍しい染めの着物。
お分かりいただけますでしょうか…「ピカチュウ」が!
京都経済センターに「ポケモンセンターキョウト」が入ったことをきっかけにライセンス契約を結び、実現されたとか。ポケモンと着物とのコラボレーションは初。京都限定商品として販売もされ、海外の方がどうしてもほしいと購入されたこともあったそうです。

小さな雲文がつやっと浮かび上がる黒地の着物。
帯は、リバティプリントのタナローン生地から。
こちらもリバティジャパン社とのライセンス契約にてつくられています。
商品化する前には必ずご自身で着用され、その着心地・締め心地・耐用性を確認してから世間に出されるそうです。
羽織紐は、インドネシアで購入したブレスレットを改造して。ドラマへ衣装提供した際に貸し出したこともあるそうです。

「キレイに着よう」としすぎないでほしい。
これからの着物ファンへのメッセージとして、こうおっしゃられた高田さん。

「雑誌で見るモデルさんの和姿は、あくまでも、つくられたもの。」

「過度に整えられた着物姿を業界側が発信することは、装う方のハードルを自分たちで高くしているようなもので、着にくくしてしまっているんですね。いろんなスタイルがあって良いし、不自然に装うのではなく自然体であってほしい。細かなことは気にしないで。口を出してくるのはだいたい、着てない人なんですよ。」

まさに自然体を体現している高田さんの着物姿。

男着物は裏勝りということで羽裏を見せていただくと…
印象的な赤色地に、ここにもピカチュウがちらり。
「こちらがメスで、反対にオスがいるんですよ。」
着物を着ているのか洋服なのか、境目がなくなってきた。…特にお酒を飲むと。
「最近は特に、着物なのか洋服なのかの意識がなくなってきたんですねぇ。」
リラックスした表情で、ゆっくりと、やわらかにお話しくださった姿が印象的でした。
最後に、お気に入りのワードローブも拝見いたしました。

おだやかなお色目の鮫小紋に、影絵をあらわした羽織。
花街の遊びをヒントに、表側にシルエット、羽裏にその裏場面を描いた面白いしかけの一枚です。

暑い時期に重宝されている、夏大島に紗の小紋。
羽織は無地ではなく、黒を抜染したグレーにて北斎模様が描かれています。

羽裏全体をみせていただくと…
ここは自由!とばかりに飛び回るピカチュウに、「着る楽しさ」を追求し続ける方の遊び心が垣間見えました。

自然体で、きものと生きる―

これからの着物ファンへの大きなエールをいただきました。

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