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染匠市川 市川昌史さん

すらりとした高身長に、ぱりっとした白シャツが目を引く市川昌史さん。京都で三代続く染め元の、今に息づくものづくりを受け継ぎます。当初、個人へのインタビューは…と固辞されておられたところをお願いし、京都御苑の紅白梅を背景にお話を伺いました。

2020年、新型コロナウイルスが全世界で猛威を振るいました。
日本でも春の感染拡大から第二波第三波第四波と、今なお我々の生活を脅かしています。
実はその直前の2020年2月に「きものと」は「染匠市川」社長・市川昌史さんにインタビュー。
京都御苑を訪れ、匂やかに咲く紅白梅を背景に撮影を行いました。

コロナの影響により、呉服業界も危機的状況に。あれから一年が経過し梅の便りが気になる今…ようやく取材記事を公開いたします。

学生時代、着物にはまったく興味がなかった

創業75年となる老舗「染匠市川」。
企画・図案から仕上がりまで20ほどの工程を経て完成する京友禅の制作において、職人さんとコミュニケーションを取りながら現場を指揮しているのが市川昌史さんです。

実は「きものと」は2016年にも「染匠市川」へ伺い、染匠市川としてのものづくりの姿勢に迫りました。
今回は、市川さんご本人へのインタビュー。普段は裏方に徹しておられる市川さんに、ご自身のこと、着物のこと、そして未来に向けての想いなどを伺うことができました。

待ち合わせの時間に社屋へ伺うと、「ちょっと待って下さいね」と白シャツから着物にチェンジ。
御召のようにも見える着物は染めのもので、自分用に白生地を買って墨黒一色にされたとか。ご自身で一番最初に誂えた着物だそうです。

現在、京友禅界の未来を担う次世代のひとりである市川さん。
しかし意外にも、学生時代、着物にはまったく興味がなかったといいます。

染匠市川 市川昌史さん

「当時は具体的な夢もなく。長男だったので、いずれ家業を継がなければあかんのやろな、とはなんとなく思っていました」

将来進むべき道が定かではないなかにも漠然と跡継ぎとしての責任を感じていた市川さんは、1999年、同じ「糸へん」の業界ということで、当時オリジナルの婦人服を取り扱っていたアパレルブランド「イタリヤード」に就職。ビジネスの基本を学ばれます。
そして、「やるんやったら今のタイミングじゃないか」と実家に戻られたのが29歳の時。
まずは、本格派のものづくりをされることで業界でも一目置かれる、中西雅明さん率いる「雅染匠」で修行に入りました。
そこで市川さんの創作意欲に一気に火がつきます。

「まぁ本当に厳しい社長やったんですけど、ものづくりの真髄を学べる環境で。
研究会みたいなのがあって、自分でも何かやってみようと新しい柄を考案して職人さんに染めてもらって、ああだこうだみたいなのを定期的にやってましたね。いろいろ考えながら、こうやったらこうなるんやな、とかね」

3年の修行期間を経て、家業を継ぐため「染匠市川」へ入社。2014年には取締役に就任されました。

染匠市川 市川昌史さん

日常はアイデアの宝庫

京都御苑での撮影中、青空のもと咲きこぼれる紅白梅を見て「きれいやな。こういう帯を作ろう」とつぶやかれる市川さん。
制作の源泉となるアイデアは、日常の至るところに転がっています。

四君子文様(菊・蘭・梅・竹の図柄)の付け下げ

染匠市川の作品は、配色そのものに、ハッと女性の心を捉える魅力があります。

取材時に拝見した四君子文様(菊・蘭・梅・竹の図柄)の付け下げも、淡く澄んだクリーム色地に、凜とした彩り使いが美しいひと品。
和の玉子色ではなく、洋のレモン色でもなく…
透き通るやわらかな色目を背景に、筆に含んだ染料の水分をそのまま閉じ込めたようなみずみずしい濃淡の黄や紫、グリーン、白が、その場の空気感を冴えわたらせます。

古典的な色合いだけではなく、あえて現代的な色味も取り入れるその手法とは。

「例えばふらりと歩いているとき、ちらっと見えたブティックのショーウィンドウの配色をヒントに自分が作る着物の柄にも当てはめてみる。ずばっと当てはまらなくてもいいんですけど。海外ブランドのスカーフなどからインスピレーションを受けて制作に活かすときもありますよ」

四君子文様(菊・蘭・梅・竹の図柄)の付け下げ

ですが…そんな市川さんにも、どうしてもアイデアが浮かばない時があります。

「それは心が病んでいるとき。だからリフレッシュするために散歩をしたりします。人といる時より一人の時のほうがいいアイデアが浮かびますね。常に考えているとか、考えようとしてるわけではないんですけどね。
あとは、なぜかシャワーを浴びているときに「あ、これだ」みたいなことも多いですね(笑)」

その街の一番良い旅館に泊まる

「これなんか、御所解を真糊だけで表現したんですよね。糊絵ですね。
普通の糸目友禅じゃないから、できる職人さんが限られる。友禅を使ってないんですよね。手で描いたそのままのかすれた感じとか、すごい味がある。ゴム糊でもできるけども、こういった感じは出ないですね」

糊絵

日常のなかで目に映るものを表現の糧にしてものづくりに挑む姿勢は、市川さんが幼い頃から培われました。

「父親(先代社長)はいつも旅行に行くと決まって、その街の一番良い旅館に宿泊するんです。僕ら子どもにとっては1万円のところに泊まろうが、5万円のところに泊まろうがそんなに大差ないんだけれども。

やっぱり一番良いところには良い絵が飾ってあって、良い壺が置いてある。料理ひとつとっても、良いお皿を使っていて。
そういうのを子どもの頃から見させてもらっていたことが、今でもアイデアを練る上で役に立ってるんじゃないかな」

特別な日に選ばれる、現代の価値観に合った着物を

本来であれば、東京オリンピックが開催される予定だった2020年。海外からの目が降りそそぐ絶好の機会として、和文化や日本の伝統が見直されつつありました。それに伴い、「着物の未来も明るいものであってほしい」と願う市川さん。

一方で、現代の日本において、着物を自ら購入し日常的に袖を通す人は限られた方々のみ、という現状もあります。私たちの生活様式が欧米化している今、市川さん自身、着物は過ごしにくいと感じることもあるそうです。

染匠市川 市川昌史さん

着物での失敗エピソードはありますか?の質問には、

「新幹線かな。通路を歩いていて、丸いあのシートからポコッて出てる取っ手?に引っかけて、ビリビリッて。あと普通に階段の手すりとかで破いたこともありますよ。

あと草履がね、東京の渋谷駅の地下ですよ、降りる時にちょっと引っかかったんですね。そうしたらこう裏がベロッとめくれて、それであわてて。ちょうどそのあとオーストリアの大使館に行かないといけなかったから、これはやばいと思って。
たまたまコンビニの袋がカバンの中に入ってたから、ビニール袋でこう縛りつけて。なんとか地上に出てアロンアルファを買ってくっつけて行きましたけど(笑)」

染匠市川 市川昌史さん

市川さんも、普段から着物を身につけているわけではありません。市川さんが着物を着るのは、特別な日。
同じように、気分を変えたいときや、ここぞ!という場面で着物を選んでほしい。

特に市川さんは、女性が、「その方の雰囲気に似合った着物をうまくチョイスして着られていると本当にうれしい」といいます。

そんな市川さんに、自分に似合った着物をみつけるコツを伺いました。

「一般の方には最初着物はなじみがなかったりするので、自分だけのものさしではなく、よく着物を知っている人やお洒落な人に「こんなのを着たらいいよ」とオススメしてもらうと良いのでは。まわりのアドバイスをうまく取り入れている方は、上手に着てらっしゃるなと思いますね。

少し前まで、着物は、洋服に自信のない方や体型を隠したい方が着るものという感覚が一部であったように思うのですが、今は本当にお洒落な方から注目されている。特にInstagramなんかを見ていると、無地調の着物をかっこよく着ている方も多くいらっしゃいますよね。
足し算ではなく引き算でお洒落に見せる。そうなると僕らの仕事が減るから困るんだけど…(笑)
和服とはいえ流行はありますし今はそのスパンも短くなっていますから、飽きられないように、常に新しいものを作り続けていかなければいけないなと思っています」

染匠市川 市川昌史さん

コロナ禍を経て(後日取材)

インタビューを行ったのは、ちょうどコロナのニュースが流れはじめた2020年の春先のこと。
以降、自粛の必要性により着物ファンの着物でのおでかけの機会は大幅に減少し、呉服状況の危機的状況は今なお続いています。
今回公開させていただくにあたり、あらためまして市川さんにお話しを伺いました。

「コロナ禍において、結婚式やパーティー・大規模なお茶会など、フォーマルでの着用機会が大きく減っています。
業界においては、職人さんの仕事が激減。非常に危機感を持っています。着物が好きな人はたくさんいらっしゃるので、これからは普段使いできるものも含め、ものづくりもシフトしていかなければと考えています。
また情報化社会において、お客様もいろいろと勉強されている時代です。問屋さんや小売店さんに「こちらは市川さんの作品ですよ」と紹介してもらえるよう、ホームページリニューアル(今春予定)やSNSでものづくりの様子を発信するなど、自社ブランディングも考えています」

ものづくりの現場ときものユーザーがつながっていく…
withコロナ、アフターコロナの世の中においては、テクノロジーが伝統産業の未来を後押しするのかもしれません。
変わるものと変わらないもの。京友禅界の未来に、期待が高まります。

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