1. HOME
  2. コラム
  3. 大島紬 枡屋儀兵衛 上田哲也さん

大島紬 枡屋儀兵衛 上田哲也さん

ポーカーフェイスの奥にひそむ、いたずらっ子な瞳。家業である大島紬メーカーを継がれた立場から、伝統的工芸品である大島紬のこと、セカンドライン「Kimono Factory nono」のこと、また現在の着物の姿と未来の形について伺いました。

黒の眼鏡に、しゅっとした立ち姿、笑顔なし。
京都のビジネス街をモノトーンの袴姿で淡々と歩む姿を見かけたら、それは大島紬・枡屋儀兵衛、上田哲也さんかもしれません。

好きとか嫌いとか、分からんのです。

大島紬枡屋儀兵衛八代目・上田哲也さん

初代儀兵衛から続く枡屋儀兵衛の歴史は、1800年代より、時代の当主らが着物の小売業・裏絹加工業・問屋業などを営んで受け継がれてきました。
そんななか大島紬との出会いがひとつの転機となり、平成に入ってから枡屋儀兵衛は大島紬メーカーへと転身。
上田哲也さんは、2017年に社長へ就任されました。

黒の襦袢衿Tシャツに黒の着物カーディガンをかさね、やわらかそうな質感のライトグレーの袴をはく着物姿は、いつも通りのモノトーンの装い。

「着物は着てないですね、Tシャツにいきなり袴をはいて、帯もしてないです。」

襦袢衿Tシャツは、2012年に立ち上げたセカンドライン「Kimono Factory nono」の大ヒット商品。
同じくnono(のの)の着物カーディガン Earl<アール> は、ふんわりと身体になじみいかにもリラックスしたムード。
そして袴は、気軽にはけてガサゴソしないものがほしくて開発中の製品を、自身で試用しているのだそう。
※男の洗える袴 Pleats として、現在発売中。

「着物を好きかとか、よく聞かれるんです。けどね、好きとか嫌いとか、よう分からんのです。そういうところにないんです。」

「あんたも着てへんやないか」の転機

大学卒業後は、呉服の大手ナショナルチェーン店へ入社。
店頭では着物を着るが、「着物を着ること」に特別な関心はなかった。
その後、家業へ入る前の2年間を奄美大島での製造の勉強にあて、京都へ戻る。戻ってみると着物業界の人はみなスーツを着ており、上田さんもごく自然に周囲にあわせてスーツを着ていた。

ある日、商工会議所の女性と話す機会があり、何の気もなしに「着物とか着ないんですか?」と聞いて言われたのが、「あんたも着てへんやないか」というフレーズだった。

「それに腹が立ってくやしくて。でもそうやなと思って。そのすぐ翌日から服を着なくなりました。もうずっと着物を着よう、とムキになったんです。僕の着物生活は、ムキになったところからはじまってるんです。だから、着物の嫌なところは嫌なんです。これが僕にとっての転機だったんです。」

Kimono Factory nonoを立ち上げる

本格的に着物を着はじめてからは、正統派な着方から追求。

「こっちの帯の結び方が正しいんじゃないか、こっちの結び方は間違ってるんじゃないか、って。自分なりの理論もできて。でもそれはおもしろくなかった。大島屋だから大島紬を着るのだけど、でも会社で着るにしても大島紬はやっぱり値段の高いもの。僕らにも高価なもので、やっぱり普段着にはできない。これは”カジュアルの一張羅やな”と。」

そこでもう少し気軽に着れるものがほしいと思い、立ち上げたのが「Kimono Factory nono」だった。

nono(のの)では、より日常に着やすい綿の着物を作ったり、麻の着物を作ったり。
それでもやっぱり毎日着るとなると「ちょっと嫌やな、不便やな」と思うところがあり、そんな時にふと「Kimono Factoryと言うからには今の着物の形にこだわる必要はないのでは」と思い至る。

「今の着物の形は良いところもあるし完成されたものなのでそれはそれで良いとして、僕らは新しく、自分が嫌やなと思うところをちょっとずつ改善したものを作ったらもっと楽しくなるんちゃうかなと。」

ガサゴソしない袴がほしくて開発中

それが、襦袢衿Tシャツや着物カーディガン、着物アウターとしてのジャケットや帯ベルトだった。

「羽織を着てるとなんかずっと正月みたいやな、と思って。襦袢は、衿しか見えてへんのになんでこんないっぱい着なあかんのやろと。帯も、さんざん自分の理論を確立したつもりやったけどやっぱりめんどくさいわと思って。」

守破離みたいなものですかね、と上田さん。

『着物=希望のファッション』

nono(のの)をスタートし、自分が着たいものを作るという点でとても楽しくなったが、やっぱり家業は大島紬でありそれはずっと心のどこかに残っていた。
でも、着たいものを作れば作るほど大島紬からは離れていく…

「着物=ファッション、という風潮は以前からあるけれど、ファッションとは何か?に答えのない人が多すぎる。ファッションの定義自体を、自身の表現方法のひとつと考えるのであれば、自身は常に変わっていくからモノで表現するには矛盾が生じる。その矛盾を極限まで小さくすることがファッションの醍醐味なのでは。」

『ファッション=私というスタイル』と定義する上田さん。
だから着物も『私というスタイル』ではあるのだけれども、それでは何か物足りない。

「喪服は別として、着物を着ている人は絶対に何か楽しそうなんですよ。絶望感で着物を着ている人を見たことがない。それは手間とか独特の文化性とか、いろんな背景があるからやと。だから僕は『着物=希望のファッション』ではないかと。」

ここ数年特に着物が注目されていることに関しても、なぜかと問い続ける上田さん。

「ものごとが合理的になればなるほど、みな自分のアイデンティティをどこかで感じたい。
やっぱり日本人は、まず自分が日本人であるということに立ち返りたいのかな、それが着物の持っている良さなのかなと。
『着物=日本の希望のファッション』やということが僕のなかでまとまってきて、それと同時に自分が作りたいものがあって。
nono(のの)の場合は『鋭利なベーシック』というコンセプトにしてるんですが、それとこれらがあるとき合致したんです。」

作っている人に希望はあるのか?

白木が初々しい締め機

『鋭利なベーシック』としてnono(のの)を立ち上げた上田さんですが、やはりずっとどこかに家業の大島紬があったそう。

「大島紬のことを考えると、もっと上のレベルでの、楽しいとかうれしいとかがあるんやろなと。『大島紬=希望のファッション』は間違いない。でもそこでふと、あれ?これ作ってる人に希望はあるんやろか、と思ったんですよね。」

少なくともnono(のの)を着てくれる人には希望を感じる。
ただもしかしたら、大島紬の製造のところには絶望があるんじゃないか…
そこから「製造」について考えることに至ったそう。

大島紬の製造のピークは昭和47年。
その頃の大島紬の織り賃は、高卒の会社員の給料とほぼ同じであった。
高度経済成長とともに物価は上がり、会社員の給料はどんどん上がって行ったが、大島紬の織り賃はずっとそのままに取り残された。
現在、織り上げにひと月かかる大島紬の織り賃を会社員の給料と一緒にしたら、何倍もの値段になり誰も買わない反物になってしまう。
今の商品では難しいんや、と上田さんは理解した。

一回自分でやってみようと

「じゃあどうしたらいいかなと思って、一回自分でやってみようと。それで最近締め機をして、自分で染めて、自分で織っているのです。どれくらいの時間がかかって何往復できるのかを知ろうと。」

昨年9月には、新しい締め機を購入。
作った方も、新品の締め機を作るのはなんと40年ぶりだったとか!

「ちょうどそのくらいから、何でも自分でやるようになってきて。息子の体操服を作るのにミシンを買ってみたり。いかに縫製が難しいかとか、自分でやってみたら分かることがたくさんありました。」

現在nono(のの)の製品はアパレルのミシンを用いて国内で縫っている。
海外縫製と比べて高いなと思っていた縫製代も、自分でやってみたらその価値が肌に感じられた。

「やってみないと分からんなと。自分の散髪もしてみましたよ。やってみるといろいろ仕組みが分かるんです。」

守るんやったら発展しないと

いたずらっ子のような瞳で笑う

普段は淡々と語る上田さんですが、実はとてもユニークな方。
いたずらっ子のような瞳に、ふふふ、と笑顔がこぼれます。

「僕はでも、人のことは全く考えていないです。知らん!のです。分からないし、自分のことも分からないくらいですから。基本的に自分が感じたものを作る。みんなこんなんがいいんかな…と考えて作ると売れない。自分がこれがいい!と思うものを作ると、支持してくれる人がいる。時々、人の意見も聞きますけどね。聞いて納得したら取り入れる。でも、こうしたほうが売れるよ、は聞かない。こうしたほうが良くなるよ、のベクトルでしか見ていないのです。」

大島紬に対しても、好きなところと嫌いなところ、両方があるそう。

「やめたいやめたいという気持ちと、やらしてもらっている、これが半分ずつ。ベンチャーとかで自由にビジネスをしていくことはすごいなと思うし、もちろん僕が枡儀をガラリと変えてしまうこともできるかもしれないけれども、僕自身が奄美へ2年行って、今やーめた、と言ったらそれは全部無駄になってしまう。」

きっと何かできる、希望はある、と語る上田さん。

「僕は伝統を守るという意識は全くない。でも、守るんやったら発展しないと。
大島紬が残ってきたのは革新を重ねてきたのと投資をしてきたからで、現状もう投資はできない。では何か革新を重ねていかない限り残ってはいかない。僕は残したいということよりも、革新に挑戦することが大事ではないかと思う。このまま人のせいにしてなくなってしまうとか、補助金もらってどうこうというのは違うかなと。」

まっすぐにこちらを見て、ゆっくりと語る。
時折、少年のような無邪気な表情がさっと瞬間にあらわれる。

「着物の仕立て替えも良いけれども、僕は新しい着物にウキウキする。
服でも着物でも文化でも、新しいものをちゃんと作って、捨てるものはちゃんと捨てて、そんなことが大切じゃないかなと思うんです。」

羽織 縞大島の泥染の無地
着物(右) Kimono Factory nonoの綿ジャガード(シェード)
着物(左) 泥染の本場奄美大島紬
帯ベルト Kimono Factory nono
角帯 博多西村織物別注品
羽織紐 Kimono Factory nono