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大人の可愛らしさと、垢抜けたセンス。 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.10

大人の可愛らしさと、垢抜けたセンス。 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.10

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草木染め、手機という伝統に最大の敬意を払いながら、さらに立ち止まることなく、さまざまな織組織と図案を発表し続ける夢訪庵。そして唯一無二のその美に魅了される、感度の高い女性たち。両者が出会った瞬間、多くの物語が生まれます。この連載では、無限に広がる「帯とわたし」の物語をお届けします。

2025.04.07

よみもの

譲るだけでなく、一緒に。 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.9

銀座結びがトレードマーク

「おほほ」と笑うやわらかな声に、優しく朗らかな人柄がにじみ出る。

衿元にも帯にも、無駄な力が入っていない着姿、そして銀座結び。着慣れたその装いに、思わず見入ってしまう人も多いとか。

画家・澤 佳子さん。

今回は、大人の可愛らしさと、垢抜けたセンスを持つ女性の物語です。

幼き日の、元日の朝の想い出

思えば、わたくしの人生において、きものはずっと身近にございました。

澤 佳子さん

衿元は緩く、帯は銀座結び。伊達衿など小物使いの色合いや帯留の合わせ方など、細部にまでセンスが宿る澤佳子さん

子供のころは元日の朝に目が覚めますと、父が用意してくれた新しいきものと羽織と足袋が枕元に置いてありました。

父はオシャレな人でした。

お正月はそれを着て、明治神宮へ初詣に出かけるのが恒例行事でした。

当時、明治神宮は本堂の近くにだけ砂利が敷いてあって、そこへ行き着くまでは土の道。幼少のころは、歩くのが上手ではございませんから、歩くたびに埃が舞い、裾が汚れてしまうの。帰るといつも母に怒られていました。

父は好んで、わたくしにキハチ(黄八丈。八丈島に自生する植物を染料とし、黄色と黒、樺色を基調とした絹織物のこと)を選んでくれました。そのせいでございましょうか、わたくしはいまだにキハチが好きです。

後染めのやわらかものよりも張りはあるけれど、紬ほどではありません。肌に寄り沿う着心地が、とても気に入っています。

2022.04.12

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2025.02.07

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20代からは嫁として、母としてのきもの生活

わたくしは女子美大を卒業後、企業デザイナーとして研究所に入りました。

当時は大学を出たらすぐに結婚という女性が多い中、“女性も自立する生き方を”という時代の流れも出始めたころでした。

結婚後もしばらく続けていたのよ。そんな女性はまだ少なかったので、珍しがられました。

【夢訪庵】九寸名古屋帯「花文様」

【夢訪庵】名古屋帯「花文様」 小柄な体型のバランスを考え、普段はお太鼓ではなく銀座結びで。

その後、結婚が決まったときのことです。

「嫁いだら、自分のためにお金を使うもんじゃない」

と父が言って、お嫁入りに、仕立てたきものと反物をいっぱい詰めた桐箪笥を支度してくれました。当時、実家のある街には8軒くらい呉服屋さんがございましてね、父はその一軒、一軒に出向き、すべてのお店でお願いしたそうです。

そしてあの時代の風習だったのでしょう、桐箪笥は私より先に、嫁ぎ先に運び込まれました。それで、

「今度、うちに来る嫁は、こういうものを用意するご実家の子です」

と、わたくしの紹介よりも先に、ご近所やお義母様のお友達にお披露目されてしまうのよ。今となってはいい思い出です。

その後、妊娠・出産・子育て中は、きものから離れていましたが、子供の参観日など学校の行事には黒羽織を羽織って参列するなど、何かの折には着ていました。車でのお義母様の歌舞伎座への送迎も、きものでしたね。

歌舞伎座の前でお義母様が降りる際、「芝居が終わる時間になったら、またここで待っていてね」とおっしゃいます。もちろん、そのご指示通りにいたしました。

品のある“大人可愛い”装いに。

落ち着いた色彩で可憐な花が描かれた帯を選び、品のある“大人可愛い”装いに。

子どもの手が離れてからは、本格的に画家としての活動を始めると同時に、日常できものを楽しみ始めました。

50代に入ったころだったかしらね。

日本女性は和服が似合う、と気づきました。

きもの心に火を点けた、天才・龍村平蔵のこと

きもの生活を楽しむようになって、わたくしの心に火を点けた作家がおりました。初代・龍村平蔵です。

澤さんのアトリエの入り口。

澤さんのアトリエの入り口。彼女が大切に育てるバラやカラーなどが美しく咲き誇る

馴染みにしていたアンティークショップには、「いいものが入ったら声をかけて」とお願いし、集めていた時期がございました。

あの色彩、大胆な構図。作品の迫力に惹かれたんです。彼は天才ですね。

平蔵が新作の帯を作ると、西陣界隈が目の色を変え、すぐに図案などが真似していたそうです。普通、そんなことをされたら怒るでしょう。でも、

「いいんだ、いいんだ。自分はその先へ行けばいいんだから」

と言って、平蔵は全く気にしていなかったそうよ。そしてお客様には仕立て上がった帯をロールスロイスでお届けに行ったそうです。

すべてを特別にしてあげる男だったらしいの。

かっこいいですね。

そんな彼の心意気も素敵だと思いません?

桝蔵さんとの出会いは偶然

今から6年前のことです。

いつものように、きもの仲間と銀座にある馴染みの呉服屋さんへ出かけたとき、

「澤さん、お時間ないかしら。『京都きもの市場』という面白いお店があるの。これからご一緒しない?」

と、お誘いいただきました。並木通りにある(当時)ということで、それならいいかしらとお誘いに乗ったのよ。

alt=「夢訪庵」急寸名古屋帯「曼荼羅」

白銀とシャンパンゴールドの箔がしっとりとした光彩を放つ、『夢訪庵』名古屋帯「曼荼羅」

偶然にもその日は夢訪庵展が開催されていて、桝蔵順彦さんのお話し会の最中でした。

染料に使った草木のこと、そして抽出の仕方、さらに織りの技法のことなど、作り手としての染や織に関するこだわりを熱く語っていらっしゃいました。

その情熱にびっくりしました。ああこの人は、自分の作品に愛がある人なのねって。

その日のうちに帯を求めました。

わたくしのファースト夢訪庵となったのは、箔で織り上げられている、上品な輝きの「曼荼羅」という名が付けられた帯です。

alt=「夢訪庵」九寸名古屋帯「曼荼羅」

「夢訪庵」九寸名古屋帯「曼荼羅」

織り味もいいし、光の角度やその日の天候によって表れる微細な色の変化が美しいの。どんなきものにも相性がよくて、困った時はつい合わせてしまいます。

総柄の染めのきものにも、無地のきものにも合うのよね。

この「曼荼羅」はその後、この一本をきっかけにシリーズ化してさまざまな色や仕掛けで手がけているようですね。

初めて会った時から桝蔵さんの大ファンになってしまいました。この日以来、東京で彼の個展があると聞けば必ず伺っております。

30年前、桝蔵さんがお父上の隣で織った帯

こちらの帯は、とても珍しいものだと思います。

地が赤の綴れ、その上にはさらに織が重なるという、極めて複雑で繊細な作品。

地が赤の綴れ、その上にはさらに織が重なるという、極めて複雑で繊細な作品。絽に合わせるため、夏用の芯でお仕立てを依頼した。

初めに見かけたのはこの色ではなく、茶系でした。桝蔵さんが年に一度、開いている代官山展でお見かけして素敵だなと思ったの。

詳しいお話しを伺ったら、彼のお父上が30年も前に織ったものでした。

帰宅しても忘れられなくて、翌日にご連絡をしたら、すでに売れてしまったと言われました。

その年の夏に、絽の臈纈染の訪問着を着る予定がございまして、それに合う帯を探していたので、

「あの帯を合わせたかったわ」

と桝蔵さんにお話ししたところ、

「実は、その時に親と肩を並べて僕が織ったものが一本だけあるんです」

とおっしゃったので、訪問着の写真をメールで送るから見てくださいとお願いしました。しばらくして桝蔵さんから連絡が。織の風合いなどは、茶系の帯で拝見しておりましたから、その連絡一本ですぐにお願いしました。

信頼関係があるからできることです。

「創りたい」が彼のゴール

科学者や芸術家に、”天才”と呼ばれる人っておりますでしょう。

そういう方たちって、最初からゴールが見えていなくても、進むべき方向がわかっているように感じることがあります。

「こういうものが創りたい」

それをゴールにするのです。手間がかかるとか、歳月がかかるとか、そんなことを考えないで。

桝蔵さんもそうなのよね。少し先を語っていることが多いの。頭の回転が早くていらっしゃるのね、きっと。感性だけでなく、知性もある方だと感じます。

天才と言うと、彼は嫌がるだろうから「天才肌」と言っておくわ。

彼は天才肌。

澤 佳子さん

それから、絵描きであるわたくしと考えが似ているなと思うところもあります。

私はどこかに属することなく、画家として個人で活動しております。

師匠の故・田中稔之先生には「このまま僕のところにいたら行動美術協会の主流になれるのに」と仰っていただいたのだけれど、私はどうしても団体に属することに違和感がありました。

桝蔵さんも、どこかに属することなく想いを理解してくれるお店を自分で選び、大切にされていますよね。現状に甘んじず、常に進化して新しいものを生み出したいと思っているからじゃないかしら。

それから、作品をお求めになったお客さまへの愛情も深いです。

彼の作品展に伺って、気に入った帯があるとするでしょう。でもその作品のままでなく、この柄をもう少し小さくしたいとか、たれにワンポイント入れたいなど相談すると、とても真摯に向き合ってくださるの。

作家然として振る舞うでもなく、わたくしの感性を尊重してくださいます。

そんな彼の私たちに寄り添うお心も素敵だと思います。

憧れの街・プラハの情景。可憐な花の帯も

このプラハの帯は、見た瞬間に一目惚れしました。

陰影で表現されたシャトーがとても幻想的です。

「夢訪庵」九寸名古屋帯「プラハのシャトー」

「夢訪庵」九寸名古屋帯「プラハのシャトー」

以前、ヨーロッパにスキー旅行へ出かけた時のこと。雪山のガイドさんがプラハのご出身で彼のお話を伺ったの。美しい街の様子を聞き、いつか行ってみたいわと思っていた矢先に出会った帯なの。

「夢訪庵」九寸名古屋帯「プラハのシャトー」前柄

「夢訪庵」九寸名古屋帯「プラハのシャトー」前柄

女性らしいローズの色はフェルナンブーコの染料が使われているとおっしゃっていたわ。

薄紫色の結城紬や、藍染めのきものにもによく合います。

2021.08.27

よみもの

「フェルナンブーコ」って、なあに? 「古谷尚子がみつけた素敵なもの」vol.1

きものは幼いころから身近にあったので、洋服を着るように接しています。

わたくし、江戸末期→明治→大正時代の女性の自由な着こなしがとても好きなの。

絵巻物などに、帯を前でリボン結びにして締めている姿や、衿も左右対称に出ていない様子を目にします。その緩やかで自由に着ている姿が素敵だなと感じます。

今の時代でも、同じように自由で楽に着ていいんじゃないかしら。

このお花の帯も一目惚れでした。

初夏に相応しい爽やかなコーディネート。

帯締めを斜めに施してリズム感を出し、伊達襟、帯揚げ、帯締めを水色に。初夏に相応しい爽やかなコーディネート

意匠化されたお花がとても可愛いく、色が控えめだから落ち着いた雰囲気もあるのよね。繍と織で表現されていて柄に立体感があるところも気に入っています。

わたくしが持っている、桝蔵さんのきものと帯はすべて嫁に残すつもりです。それをさらに次世代へと引き継いで欲しいと思います。

「私好み」を貫く。おしゃれのヒントは芸術から

わたくしは背が低いので、お太鼓結びより銀座結びがバランスいいなと思っているの。フォーマルな場ではない限り、ほとんどこの結び方です。

「後ろ姿をお見かけしただけで、あなただってわかるわよ」

と、お友達からよく言われます。

2024.03.18

まなぶ

袋帯で銀座結び!お祝いごとを重ねる願いを込めて 「着物ひろこの着付けTIPs」vol.3

それと、半衿は明治・大正の日本刺繍を好みます。普段、白の半衿は滅多に選びません。

それから、みなさんによく驚かれるんですけれど、普段使いで伊達衿も楽しんでいます。衿元にちょっと色を差すと面白い表情が生まれるの。

普段使いには、マットな生地がおすすめよ。紬が、少しよそゆきっぽくなります。季節に合う色を選んで、帯締めや帯揚げに加え、伊達衿の色も楽しんでおります。

普段のおしゃれは好きなものを楽しく自由に着たいと思っております。

バッグ

左:30年以上前に銀座にて購入したステンレスバッグ
中央:「何も入らないのよ」と澤さん。インポートショップで購入したコードバンのワンハンドルバッグ
右:ピーコックブルーの鮮やかな色がアクセントになるレザーのハンドバッグ

それとね、きものには面白いバッグを合わせるのが好き。

サブバッグを必ず持ちますから、メインはコンパクトながらもインパクトのある楽しいデザインを最優先します。

アクセサリー感覚のバッグ

左:「入れにくいの。だから出かけていても滅多に開けません」ハワイのドール直営店のお土産屋さんで購入したパイナップルの葉の素材
中央:芭蕉布のクラッチバッグは付属のストラップが気に入らなかったので探したものの、気に入ったものが見つからなかったため、ご自身の帯締めをからげて使っている
右:コロンとしたゴールドのハンドバッグ

鍵とお財布とハンカチくらいしか入らないものもあるわ。ほとんどアクセサリー感覚です。

銀座結びに伊達衿、そして面白いバッグはわたくしのトレードマークになっているみたいです。

おしゃれな女性の着こなしを素敵だなと思って参考にすることは決して悪いことではないと思います。でも、現代美術や本阿弥光悦の作品を見る方がよっぽどセンスが磨かれるんじゃないかしらと思うのよ。

圧倒的な美を、芸術品を見た方が目を養うことができますから。

平安治癒の祈りを帯に

これはわたくしがちょうど体調を崩していた時に出会った、孔雀の羽を織り込んだ帯です。

孔雀の羽を織り込んだ帯

本物の孔雀の羽を緯糸に使用して鳳凰が織り上げられた逸品

(もう私はきものなんて着られないかもしれない。この帯も素敵だけれど締めることはできないかもしれない……。でも……。お守りとして、元気にもう一度きものを着られるようにという願いを込めて持っていましょう)

こう思って頂戴しました。

その後、体調を取り戻すことができました。

おまじないが効いたみたいですね。

鮮やかなブルーがアクセントの帯締め

鮮やかなブルーがアクセントの帯締めに柘植(つげ)素材でできた蒔絵の雅な世界が描かれた本の帯留を合わせて

地色に潜む複雑な草木の色、グラゴル文字の帯

グラゴル文字という、ギリシャ正教会の宗教者が作ったアルファベットの文字で讃美歌が綴られている帯です。

「夢訪庵」九寸名古屋帯「グラゴル文字文様」

「夢訪庵」九寸名古屋帯「グラゴル文字文様」

一度お見かけした時、新作の中で一番気に入ったのですが、その日は求めずに帰りました。その数ヶ月後に別の場所で再会してしまったの。やっぱり素敵だわ、って。

これも運命よね。

一見するとグリーンですけれど、実はたくさんの色が潜んでいるの。グリーンの墨流しのきものと合わせています。

帯締めと違わぬ細さが美しい帯留をセレクト

帯締めと違わぬ細さが美しい帯留をセレクト

きものは究極の遊び

お出かけが決まると、「さあ何を着ましょう」から始まります。

(あの帯を締めたいから、あのきものに合わせましょう。そうしたら、あのハンドバッグがいいかもしれないわ……)

その楽しみは、電車の中でも、お風呂に入っていても、寝る前でもできます。こんなに手軽な遊びはありません。

前日の夜、コーディネートを決めてお布団に入りますでしょう。でも、

「あ、あのバッグの方が似合うかもしれないわ……」

と思うと、コーディネートのやり直しです。

そしていざ、きものでお出かけをすると、世間の待遇が違うのよ。

先日もお友達から連絡が来ましてね、

「今度宝飾品の展示があるんですの。澤さん一緒に行ってください」

とおっしゃるので、どうして?と伺ったら、きもの姿の私がいると、展示されていない宝飾品を奥から出してもらえるんですって。

自分の美意識と変身願望を満たしてくれるきものは、わたくしにとって、これからもずっと続く、自由で楽しい極上の遊びだと思います。

さあ、みなさまもオシャレに着こなしてお出かけしましょう。

モデル/澤 佳子
撮影/菅原有希子(http://yukikosugawara.com

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