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櫻井焙茶研究所所長  櫻井真也さん(後編)「温故知新ー日本の美と健康を巡るー」vol.2

櫻井焙茶研究所所長 櫻井真也さん(後編)「温故知新ー日本の美と健康を巡るー」vol.2

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日本茶専門店『櫻井焙茶研究所』を拠点に、多様なお茶の愉しみ方を提案されている櫻井真也さん。お茶の文化を絶やさず、後世に伝えていくためには。湯呑みを手に、着物家・伊藤仁美さんと対話を重ねます。

2022.08.23

よみもの

櫻井焙茶研究所所長 櫻井真也さん(前編)「温故知新ー日本の美と健康」vol.1

伊藤さんにとって、着物を着ることは今の自分を知ること

白地にグレー濃淡の間道と絣模様の入った夏着物

着物家・伊藤仁美さんが、着物と親和性のある伝統文化の継承に努めるゲストと“現代のより良い暮らし”を考える連載「温故知新ー日本の美と健康」。

第一弾は、日本茶専門店『櫻井焙茶研究所』の所長を務める櫻井真也さんにお越しいただいています。

櫻井さんをゲストとしてお迎えするにあたり、伊藤さんがこだわったスタイリングのポイントは?

「櫻井さんは、伝統という軸を大事にされながら、お茶の文化をモダンに表現されている方。そこから”縦軸”のある柄を選びました。

織り込まれた矢絣は櫻井さんの過去と現在をイメージさせていただいて。矢羽根の先端が滲んでいるさまに、伝統を無理なく現在に馴染ませている櫻井さんの姿を連想しました」

エナメル草履は『銀座与板屋』とのコラボ商品。仁美限定カラーとして、薄ピンク・トルコブルー・サーモンピンクの3色展開

エナメル草履は『銀座与板屋』とのコラボ商品。仁美限定カラーとして、薄ピンク・トルコブルー・サーモンピンクの3色展開

夏の涼やかさと秋の訪れが同居するスタイリング

トンボ柄をすくい織にて織り出した櫛織りの帯をあわせ、無地感のある絽の帯揚げでさらりと涼やかにコーディネート。

一方、白と紅藤色のレースの帯締めがトンボ柄の印象ともあいまって、秋が近づき夏が終わる寂しさも演出されています。

すっきりとしたヘアスタイルは、横から見ると立体的に。モダン&クラシックな空間を引き立てる

すっきりとしたヘアスタイルは、横から見ると立体的に。モダン&クラシックな空間を引き立てる

継続は、自分をケアすること

対談中の伊藤さんと櫻井さん

伊藤仁美(以下、伊藤):私も日常に日本茶をもっと取り入れたいと思っているのですが、何か続けるコツのようなものはありますか?

櫻井真也(以下、櫻井):あまり難しく考えないということでしょうか。日常のことですので、まずは熱いお湯でさっと淹れて飲むところから始めるのをおすすめします。

伊藤:お湯の温度によって、味わいも変わってきそうですね。

櫻井:基本的に日本茶の多くは蒸して作る製法なので、香りよりも味わいの方が強く出るんですね。ただ淹れる時に大事なのがおっしゃる通り、お湯の温度帯なんです。熱いお湯で淹れると渋みが強くなるんですが、その代わり強く香り立ちます。

一方、低温のお湯で淹れると旨味は出るけど、香りは少し弱くなる。よく勘違いされやすいんですが、日本茶は渋い=不味いではなく、渋みがあるからこそ美味しいお茶もあります。茶葉を選ばれる際には、まずお店の方に聞いてみるといいと思います。

伊藤:では初心者の方はとりあえず熱いお湯で淹れて、香りを楽しむことから始めればいいんですね。

櫻井:そうですね。「淹れ方が難しい」とおっしゃる方も多いんですが、難しく考えるよりは熱いお湯でさっと淹れてまずは飲んでほしいです。私自身もいつもそうしていますよ。淹れて30秒くらいで湯飲みに入れちゃうんですが、それくらいの方が続きます(笑)。少し物足りなくなってきたら、ぬるめのお湯で淹れて濃いめに飲んでいただければ。

それから煎茶は朝から午後3時くらいまでに摂り、以降は番茶をいただくのがおすすめです。煎茶はカテキンを多く含むので、眠気覚ましに。一杯飲むと頭がすっきりしますよ。夜は胃に負担がかかりにくい番茶をいただくと、ぐっすり眠れます。

鉄釜から杓子でお湯をすくい、湯冷ましに注ぐ

鉄釜から杓子でお湯をすくい、湯冷ましに注ぐ

日本茶は熱いお湯で淹れて香りを楽しむことから

伊藤:ちなみに、櫻井さんは日本茶を飲むタイミングを決めていらっしゃるんでしょうか。ルーティーンが気になります!

櫻井:朝のルーティーンはありますよ(笑)。起きたら、まずベランダでラジオ体操をしながら朝の空気と外の様子を確認します。そこからスクワットと筋トレをして、一日の最初に口にするのは「白湯」ですね。

伊藤:やっぱり朝は白湯ですか。

櫻井:これだけは17年間続けている習慣ですね。白湯を飲んだ後は、食事に合わせてコーヒーか日本茶をいただきます。白湯より先に何かを胃に入れたくないんですよ。

櫻井さんの朝は白湯から始まる
白地にグレー濃淡の間道と絣模様の入った夏着物

伊藤さんにとって、着物を着ることは今の自分を知ること

伊藤:そういう毎日の習慣って、本当に大事ですよね。先日ある企画で解剖学者の養老孟司先生と対談させていただいたんですが、その時に先生が「私たちは日々、自分という作品を作っている。とにかく毎日好きなことを続けることが大切」とおっしゃっていたんです。

養老先生の場合それは「昆虫の標本作り」で、毎日続けているとなんと昆虫の足がぽろんと紙に落ちた小さな音も分かるようになるとか。

毎日何かを続けていると、そういう本当に細かな変化に気づけるようになりますよね。自分の心と身体の変化に気づくことにも繋がる。そういう風にちゃんと自分をケアするって大切だなと思いました。

櫻井:現代人は日々忙しくて、つい自分をケアすることを怠りがちですもんね。

伊藤:そうなんですよね。バタバタしたまま、自分の変化に気づかず外に出て、人に対しても仕事に対しても丁寧に向き合えないことが往往にしてあるなと思います。

毎日のケアが自分を幸せにし、そして周りを大事にすることにも繋がるんじゃないでしょうか。

店内に置かれた砂時計。日常と切り離された空間の中でも時の移ろいを感じられる

店内に置かれた砂時計。日常と切り離された空間の中でも時の移ろいを感じられる

夏疲れを癒すスパイシーなブレンド茶

『櫻井焙茶研究所』の茶房では、豊富なメニューが用意されている

『櫻井焙茶研究所』の茶房では、豊富なメニューが用意されている

まだまだ聞きたいことはたくさんありますが……
ここで小休止を挟み、櫻井さんの淹れたお茶をいただきます。

『櫻井焙茶研究所』では、全国各地から厳選したお茶や、国産の自然素材を組み合わせた「二十四節気」に基づく四季折々のブレンド茶を販売。

併設された茶房では、店内でローストした出来立てのほうじ茶をはじめ、和菓子とともにお好きなお茶を愉しむことができます。このお店ならではのお茶のコースや、お茶とお酒を融合したオリジナルカクテルも。どれも魅力的で、何度も足を運びたくなります。

カウンター越しにお客様と向き合いながら、お薬を処方するように一人ひとりの体調や気分に合わせたお茶を淹れていらっしゃる櫻井さん。

毎日お店に立っていると、お湯を淹れた時に茶葉から漂う香りの微妙な変化にも気づくそう。そういった違いを敏感に感じ取り、基本的には茶葉ごとに決まったお湯の温度や抽出時間を調節しているそうです。

お茶には鹿児島の温泉水を使用。抽出力が高く柔らかい

お茶には鹿児島の温泉水を使用。抽出力が高く柔らかい

無駄のない所作で、取っ手のない急須「宝瓶」から湯呑にお茶が注がれていく

無駄のない所作で、取っ手のない急須「宝瓶」から湯呑にお茶が注がれていく

一杯のお茶が出来上がっていく光景を目の前に、胸は高まるばかり。都会の喧騒から切り離された空間には、心地の良い緊張感が広がります。

まずは温かい煎茶から。

じんわりとお茶の旨味が染み渡り、ふーっと肩の力がほぐれていくような感覚を味わえます。一煎目、二煎目とでは見た目も味わいも変化。低温になるにつれてお茶の層が厚くなり、味わい深い苦味も引き出されていきます。

温かい煎茶

お茶に、国産の自然素材を合わせたブレンド茶もいただきました。

今回は三年番茶に紫蘇と生姜を合わせた夏向けのブレンド茶。三年番茶とはお茶の木を枝ごと刈り取り、茎と葉に分けて乾燥させ、3年間熟成させたもの。香ばしさが特徴的なこのお茶を、紫蘇と生姜で後味爽やかに仕上げています。

スパイシーな生姜の味わいで、外の暑さで疲れた身体がすっきり。

「飲む前と飲んだ後では目の開きが違いますね。身体がパッと開いたような感覚になりました」と伊藤さん。

青紫蘇にはリラックス効果や殺菌作用があり、外と内の温度差で自律神経が乱れがちな夏の終わりにもぴったりの一杯です。

見た目も涼やかな「甘夏の道明寺羹」

見た目も涼やかな「甘夏の道明寺羹」

お茶うけの和菓子は『HIGASHIYA』で提供されている「甘夏の道明寺羹」。砂糖漬けした甘夏の皮を寒天でとじ込めた、ほろ苦さと甘さを愉しめる一品です。

夏向けの水出し煎茶

こちらの水出し煎茶は、「深蒸しの玉露」「深蒸しのさえみどり」「やぶきた」の3種を合組したもの。こっくりとした甘さの道明寺羹をいただいた後に飲むと、お口がさっぱりとします。

使われているのは『煎』という名を持つオリジナルの茶器。カクテルグラスのように、お茶から沈殿した成分が底に溜まる仕様になっています。

伊藤さんも、お茶と甘味ですっかりと緊張がほぐれた様子。引き続き、櫻井さんにお話を伺っていきます。

お茶と和菓子で心も身体もほぐれた伊藤さん

日本茶を“当たり前の選択”に

美味しい一杯を届けるため、櫻井さんは今日も働く

伊藤:櫻井さんにとって、日本茶とは何でしょうか。

櫻井:私にとって、お茶は人を繋ぐものだと思っているんですね。お客様に美味しいと思っていただける一杯を淹れるためだけに、私たちは朝から晩まで仕事をしています。

その後ろにはお茶農家さんたちがいて、彼らも一年かけて私たちに届ける茶葉を作ってくださっているんです。そのことに敬意を払いながら、美味しい一杯を届けることに力を注いでいます。

伊藤:他社のインタビュー記事でも拝見したのですが、櫻井さん自身が頻繁に産地へ足を運ばれていらっしゃるご様子。ものづくりのプロセスや、そこに携わるみなさまに敬意を払われていらっしゃるんだなと感じました。

櫻井:よくスタッフにも話しているのですが、私たちはお茶だけを売っているわけじゃない。茶摘みや茶器、茶道など、茶にまつわる日本文化そのものをお客様に届けていると思っています。

そしてその一杯が、飲んだ人の癒しになったり誰かとの縁を結んだり、よりみなの心が豊かになるような循環を生んでいけたらと思っています。

店内には焙煎室も。お茶の製造を担っている

店内には焙煎室も。お茶の製造を担っている

日本文化の未来を見据えて

伊藤:茶摘みひとつを取っても、先人から受け継がれてきた作法があるということに驚きました。

櫻井:「一芯二葉」「一芯三葉」といって、先端にある芽の下から何枚目の葉までしか取ってはいけないとか、上から親指と人差し指で摘んでプチっと引っ張るように取るとか、様々な決まりやコツがあります。茶摘みのベテランさんたちは、とにかく早くて上手に取る方が多いんです。

伊藤:そのお話だけでも1時間くらい聞きたくなってしまいますね(笑)。

櫻井:他にも機械を使わず、蒸した茶葉を手で揉みながら乾燥させていく「手揉み茶」というものがあるんですが、揉み方から作業が終わった後の掃除にまで決まった作法があるんですよ。それは茶道と同じで全て理にかなってる。

一杯のお茶が出来上がるまでの全ての過程に先人から受け継がれていた作法が存在していて、ある意味日本茶は芸術品だなと思います。

日本茶をあたりまえの選択に
幸せな余韻ひく一杯のお茶

伊藤:先ほどお茶をいただいた後も、ずっと幸せな感覚が余韻として残っているんですが、そうした丁寧なプロセスあってこそなんですね。

そんなプロセスの一端を担っている櫻井さんが茶業界でこれから成し遂げたいことはありますか?

沸かしたお湯を汲みおく鉄釜

櫻井:お茶の文化を絶やさず、後世に伝えていくこと。そのために茶の多様性を広げていくことでしょうか。

今、ホテルのアフタヌーンティーや世界中のカフェでは、みなさん当たり前のように紅茶やコーヒーを愉しまれていますよね。最終的な目標としては、お茶がその選択肢の一つになってほしい。

自分が生きている間にそれは叶わないでしょう。私たちができるのは、100年後も、200年後もみんなが美味しいお茶を飲めるにはどうすればいいか。その持続可能な方法を考えることだと思っています。

五瓜に「茶」の字紋を背負って

五瓜に「茶」の字紋を背負って

伊藤:日本文化全体に言えることですが、茶文化の持続可能性を探る上では「変えるべきこと」と「変えてはいけないこと」の取捨選択が必要になってきそうですね。

櫻井:そうですね。昔からのしきたりや決まりが今の時代に沿わないことも、もちろんあります。だから例えば、「ブレンド茶」のように若い人にも馴染みのある言葉を使ったり、お茶と料理のペアリングや茶酒を愉しんでいただいたり、表現方法や見せ方を工夫していく必要があると思うんですね。

お茶の味自体は変わるものではありませんが、そうすることでお茶の多様性を広げ、多くの人にとって馴染みのあるものにしていくことが私のなすべきことだと思っています。

伊藤:コロナ禍に突入して依頼、以前よりも何気ない日常を愉しむことに視線が向けられています。その一つとして、日々口に入れるものにこだわり始めた方も。外出を自粛しがちな今、お茶は自宅にいながら四季を感じさせてくれるものとして需要が高まっているように感じます。

櫻井:おっしゃる通り、冠婚葬祭や催事などでの需要は低迷する一方で、リモートワークが増え、おうち時間を豊かにするためにお茶を飲み始めた方も多いです。

『櫻井焙茶研究所』も以前は外国人観光客の方がほとんどだったんですが、国内のお客様が圧倒的に増えましたね。日本の方が改めて自国の文化に触れる良い機会でもあると思っています。

オリジナルのブレンド茶はティーパックでも販売。手軽に『櫻井焙茶研究所』の味を愉しめる

オリジナルのブレンド茶はティーパックでも販売。手軽に『櫻井焙茶研究所』の味を愉しめる

今後の取り組みについて語る櫻井さん

伊藤:櫻井さんの取り組みによって、お茶がどのような広がりを見せていくのか。ますます楽しみです。

櫻井:ありがとうございます。私たちがやっていることは短い一端に過ぎなくとも、文化を途絶えさせることなく、次の世代に継承する。その役割を今後も担っていきます。

数百年、数千年と続く日本文化の一端を担うお二人。まさに新しい“ウェルネス”を考える貴重な対談となりました

数百年、数千年と続く日本文化の一端を担うお二人。まさに新しい“ウェルネス”を考える貴重な対談となりました

構成・文/苫とり子
撮影/水曜寫眞館

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