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京菓子司 俵屋吉富 春色に染まる『花の袖』「和菓子のデザインから」vol.8

京菓子司 俵屋吉富 春色に染まる『花の袖』「和菓子のデザインから」vol.8

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旬の食材を取り入れるだけでなく、見た目の季節感も大切にする和菓子の世界。季節を少しだけ先取りするところも、きものと通ずる心があります。共通する意匠やモチーフを通して、昔から大切にされてきた人々の想いに触れてみませんか。古くは「花の御所」の北辺に位置する「京菓子司 俵屋吉富」から、季節の生菓子『花の袖』をご紹介します。

まなぶ

和菓子のデザインから

さくら、美しき日本の春

春を表す代表的なモチーフといえば、誰しも思い浮かべるのが「桜」。

特に、京都の春の景色に可憐な薄紅色を求める人は多いのではないでしょうか。

今回は「桜」について学んでいきましょう。

2022.03.18

よみもの

日本の国花は桜? それとも菊? 「きくちいまが、今考えるきもののこと」vol.48

桜をモチーフにした生菓子は、開花状況を先取りして、姿や名前を変えながら店頭に並ぶのが常。先取りを粋とする心は、きものと共通していますね。

京菓子司 俵屋吉富では、桜モチーフの生菓子は、咲き始め、花盛り、散り際と三品はお目見えします。羊羹などの竿菓子も含めると、この時期の店頭で桜が目を楽しませぬ日はありません。

きものメディアで紹介するのであれば——と、今回特別にご用意くださったのは、「誰が袖(たがそで)」と呼ばれる伝統的な形状に仕立てた生菓子『花の袖』。

時期的には満開から散り始めくらいをイメージしているそう。

俵屋吉富 花の袖02

餡に小麦粉と餅粉を混ぜて蒸しあげた「こなし」生地は白と明るいピンクの二色。

これらを二本の金属板の間に置き、反物のように薄く均一な厚みにのばしていきます。

俵屋吉富 花の袖製作

こなし生地はくっつきやすいため、時折、布の袋に入った片栗粉をやさしくトントンと打ちながら。

若手の職人たちを束ねる製造部のマネージャー・中林さんの繊細な手つきに思わず見入ってしまいます。

俵屋吉富 花の袖製作02

程よくのばせたところで取り出したのは、そのまま着物の柄にもできそうな桜の小紋柄が掘られた木型。

さくら小紋の菓子型

絶妙な、としか言いようのない力加減で生地を押し当て、桜の花を咲かせていきます。

生菓子の作業風景

この春で、職人歴9年目。

店頭に並ぶ商品の製造はもちろん、和菓子づくり体験教室での指導や催事会場での実演など八面六臂の活躍を見せる中林さん。

小さい頃から和菓子が大好きで、学生時代には俳句や茶道に親しんできたという彼女。爽やかな笑顔で話してくれる姿と菓子に向き合う瞬間の澄んだ眼差しが印象的でした。

職人の中林さん

生地の切り出しは竹尺で慎重に測りながら、包丁は思い切り良く。

タンッ…! と力強い音が響き、四方が切り揃えられていきます。

「迷いなく、思い切り断つことにより、美しい切り口になるので。どこから見ても美しくあるよう、お菓子の立体感には気を配っています」

このお菓子は生地の重なりと、僅かなずらしがポイント。白い方が一寸四分、ピンクの方が一寸二分五厘

生菓子の作業風景

「洗練された美しさを出すために、きっちり一分五厘ずらして重ねるのが鉄則ですね」

半衿を見せる分量や帯締めの位置、おはしょりの長さなど、着付けにこだわりを持つみなさまであれば、ぴたりと「決まる」この感覚をお分かりいただけるのではないでしょうか。

サクラの語源には10以上の説がある

菊と並んで日本の国花とされる桜の花。

「木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)」を由来とする説や、「サ」は稲の精霊、「クラ」は稲の精霊が降臨する御座(みくら)を指す言葉で農耕の神様が宿るとされる説など、その語源を調べてみると、なんと10以上の説が載っているではありませんか。

語源説の数だけ、いえそれ以上に、さまざまな想いを託された花なのだと感じ入ると同時に、そうした人間側の説などお構いなく、艶やかに咲いて、儚く散っていく桜の小悪魔的な魅力に「そういうとこだぞ」と思ってしまうのです。

きっと、日本人のDNAには「アリワラノナリヒラゲノム」が組み込まれているに違いありません。

和菓子の意匠では花の姿や色をメインに表現されることの多い桜ですが、きものや帯の柄では、花だけを描いたものと、枝振りや葉も描かれるものがあります。

それによっては、着用可能な季節や着用シーンがわかれるのですが、詳しくはこちらの記事をご参照いただくのがよろしいかと思われます。

2023.02.11

よみもの

桜柄の着物が着られる季節とは?気を付けるべきポイントやマナーを徹底解説!

寒い冬を越えて咲き誇る桜の文様は幸先の良い「物事の始まり」を意味し、「繁栄」や「豊穣」の願いが込められています。

また、流れる水は腐らないことから「清らかさが続く」とされる吉祥文様の「流水文様」と合わせると「桜川」と呼ばれ、「良いことが絶え間なく続く」縁起の良い柄行きとされていますので、卒業式や入学式のお召し物にもぴったりですね。

秋の行楽が紅葉狩りなら、春の行楽はお花見。

日本人が愛してやまない二つの季節の美しい桜と楓を合わせたのが「桜楓文(おうふうもん)」です。

かつては使われていたという「桜狩り」という言葉が廃れていったのは、紅葉観賞は野山に分け入っていき枝振りの良いものを探しに出かけたのに対して、桜は人里にも植えられるようになり、その下で宴をするのが定着していったからだとか。

二つの季節だけでなく、山と里の美しさも併せ持つ桜楓文は季節を問わずお召しいただけ、華やかさもあるので成人式や結婚式、パーティなどのおめでたい席に重宝する柄行きです。

花の袖に忍ばせたるは

春の和菓子店を艶やかに彩る、桜をモチーフにした和菓子たち。特に具象的に桜とわかるものは菓銘にもぜひご注目くださいませ。

今回は『花の袖』

ひと目で桜とわかる意匠であるため、あえて菓銘には「桜」という言葉は使わないのですが、そこには「食べる人にいろいろと想像して楽しんでもらいたい」という作り手の想いが込められているのだと中林さんはいいます。

生菓子の作業風景

桜に限らず花をモチーフとした和菓子には「におい」と呼ばれる「雌しべ・おしべ」のアクセントが添えられているもの

こなし生地に少量の白餡を混ぜたものや、イラ粉と呼ばれる糯米由来の細粒で表現することが多いのですが、『花の袖』の表面は桜の小紋のみ。「におい」の表現が表に出ていません。

「今回は中の餡玉を黄色に染め、においとしています。春の陽気も重ねて感じていただけたら」

なんと粋な。

「誰が袖」とはそもそも、平安貴族がきものに香を焚きしめていた風習から、武家の登場により袂に入れて香を携行することができるようにと作られた小袖の形をした匂い袋の呼び名でもあります。

京菓子における花のシベ表現の一種と、きものの「誰が袖」どちらも袖の中にそっと忍ばせた「におい」であるという偶然の面白さ。

なんとも春らしい、そしてきもの好きの心をふわっとくすぐる、素敵な和菓子に出合うことができました。

生菓子「花の袖」

撮影/スタジオヒサフジ

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