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冴えわたる夜空と梅の香り 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.2

冴えわたる夜空と梅の香り 「百人一首に感じる着物の情緒」vol.2

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だんだんと春の陽気を感じはじめる頃ですね。今回は、「冬のきらめき」と「春の優しさ」を感じられる二首をご紹介いたします。また最後には番外編として、『小倉百人一首』には選ばれていない歌ですが、「梅」にまつわる菅原道真公の歌もご紹介させていただきます。

冬から春へ向かう頃

みなさま、こんにちは。
2月も残りわずかとなり、だんだんと春の陽気を感じはじめる頃ですね。
今回は、「冬のきらめき」と「春の優しさ」を感じられる二首をご紹介いたします。
また最後には番外編として、『小倉百人一首』には選ばれていない歌ですが、もう一首ご紹介させていただきます。

季節や温度感を味わいながら、和の世界をお楽しみいただけましたら幸いです。
それでは、古(いにしえ)の旅へご一緒に…

2月にご紹介する和歌

今回ご紹介するのは、こちらの二首。

★クリックで歌の読みが流れます。ぜひ音声でもお楽しみください。

きらめく白、澄み渡る冬の空気を感じられる歌と…
久しぶりに訪れた昔なじみの家で、主人から言われたちょっとした皮肉を逆手に取って返したおもしろみが秀逸な歌。

最初の歌の冒頭の「鵲(カササギ)」は、光沢のある黒色の羽を持つカラス科の鳥で、肩羽と腹面は白色をしています。
中国の七夕伝説において、織姫と彦星とを会わせるためにかささぎが翼を並べて天の川に渡したとされる橋のことを「かささぎの渡せる橋」と表現しています。
のちほどじっくりと触れてまいりますが、この「かささぎの渡せる橋」にはもうひとつ「宮中の階段」という意味の解釈もあり、この歌の味わい方は大きく2種類あるとされています。

いずれの解釈においても、霜が降りた真っ白な景色を前に、更けた夜をしみじみと感じ入っている情景が目に浮かびますね。
夜更けの暗さと、霜の白さ。
想像してみると、冬の冴えわたる空気のなかで白い息を吐きながら、鼻がツンとなりそうな寒さを感じられます。

二首目は、2月頃から見頃を迎える「梅」の花を詠んだ歌です。
梅は、鮮やかな紅梅・雪のようにかわいらしい白梅・淡い薄紅色…と色とりどりな花を咲かせ、その優しい香りで季節を楽しませてくれます。
和歌で「花」というと「桜」が先に浮かんでくるかもしれませんが、この歌では、前回のコラム(雄大な富士、大切な人を想う気持ち 「百人一首に学ぶ着物の情緒」vol.1参照)でも触れた「詞書(ことばがき:まえがきのようなもの)」の最後に、「梅の花を折りてよめる」とあることから「梅」を詠んでいると分かります。

冬のピンとした空気とともに、春の気配も感じられる2月。
そんな月におすすめとして選ばせていただいた二首を、さらに深めてまいりましょう。

一首目・尾長鳥の優美な姿、星のきらめきを和姿の味方に

小倉百人一首02

voiceかささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜ぞ更けにける

(6番・中納言家持『新古今集』)

訳)かささぎが渡したという天上の橋のように見える宮中の階段であるが、その上に降りた真っ白い霜を見ると、夜も随分と更けたのだなあ。

大きく2種類の解釈があるとされる「かささぎの」の歌。
「かささぎの渡せる橋」を、ひとつは「天の川」として、もうひとつは「宮中の御階(みはし)※」として歌を味わうことができます。

※御階(みはし)…階(きざはし)の尊敬語。宮中や神社などの階段で、特に紫宸殿(ししんでん:平安京内裏の正殿)の南階段のこと。

①「天の川」
見上げた空に輝く天の川を「かささぎの渡せる橋」とあらわし、霜が降りた様子にみたてて、冬の夜空の美しさを味わっているという歌。
澄んだ夜空の星々の美しさと霜のきらめき、そして前述の七夕伝説が重なり合ってとてもロマンチックな鑑賞です。

ちなみに「七夕」というと7月7日で夏の季語かと思いがちですが、旧暦の7~9月は秋にあたるため「七夕」「かささぎ」「天の川」は秋の季語だそうです。
この歌は『新古今集』に夏でも秋でもなく冬の歌として入っており、「霜」に着目して冬の歌に撰んだとみられています。

②「宮中の御階(みはし)」
宮中の夜の見張り「宿直(とのい)」をしている際に、階段に降りた霜を見て詠まれたもののよう。
宮中を天上にみたてて宮中の御階を「かささぎの渡せる橋」とあらわし、階段に真っ白な霜が降りた様子を見て「あぁ、夜も更けたなぁ…」と感じている歌です。

時間の流れと静けさをしみじみと感じ入りながら、宮中という場所柄、神聖さや尊厳も感じるような鑑賞となります。

江戸時代から近代にかけては、現実的な②「宮中の御階」としての解釈が多く採られていたようですが、最近では①「天の川」としての解釈が多いようです。
寒いとつい首をすくめてしまいますが、夜空を見上げて想いを馳せてみるのも風流ですね。

また声に出してみると、「かささぎ」「渡せる」「橋」「霜」「白き」と、「さ行」が多く用いられており、冬の清らかに冴えわたる空気感を音としても感じられるのがこの歌のさらにステキなところだなと思います。
みなさまもぜひ、語感でもお楽しみくださいませ(私の読みは、上の音声マークからお聞きいただくことができます)。

作者とされる中納言家持(ちゅうなごんやかもち)は、三十六歌仙(平安時代の和歌の名人36人の総称)の一人。
本名は大伴家持(おおとものやかもち)。
「令和」への改元でも話題になった大伴旅人(おおとものたびと)の息子です。

家持の歌として百人一首に入れられていますが、「作者とされる」と紹介しましたように、なんと本当の作者は家持ではないようです。
編纂に携わったとされる『万葉集』のなかにこの「かささぎの」の歌はなく、『家持集』に入っていたものを『新古今集』が家持の歌として採り入れ、藤原定家が百人一首に入れたのではないかとされています。

解釈の多様さ、作者について分からないところがあるというのもまた、現代の我々にとっては想像力をふくらませる別の鑑賞の楽しみにもなりますね。

さてここからは、着物に注目して楽しんでまいりましょう。

かささぎを含め、きじ・やまどり・せきれいなどを抽象化したものが「尾長鳥(おながどり)」の文様として帯や着物にも用いられます。

「立涌(たてわく)」と呼ばれる伝統文様のなかに尾長を描いた「尾長鳥立涌文」という文様もあります。

流れるような尾の優美さや美しい姿形が表現され、吉祥文様の鳳凰に代わるものとして鳥を理想化、抽象化、装飾化した縁起のよい文様とも言われているようです。
尾長鳥の優美な文様を見ていると、おのずと気持ちも華やかになりますね!

天の川模様の帯
特選京友禅九寸名古屋帯<夏物>「七夕に天の川」(前帯部分)

天の川や星のきらめきを着物に取り入れて楽しむこともできます。
夏、七夕の時季に浴衣や夏着物でロマンチックなイメージにするのはもちろんですし、振袖や訪問着などのフォーマルな着物に煌びやかな星の印象を纏うのもステキですね。

美しいぼかしの染め色を天の川にみたてるのも良いですし、天の川や星をモチーフにした帯留めで輝きを添える楽しみ方もありますね!

一首から広がる様々な着物の楽しみ方。
繋がりを感じながら、双方に触れていただけるきっかけになりましたら幸いです。

二首目・梅花に、変わらぬ自然の姿を

小倉百人一首02

voice人はいさ 心も知らず ふるさとは
花ぞ昔の 香ににほひける

(35番・紀貫之『古今集』)

訳)あなたの心は、さぁどうだか分かりません。
けれど、慣れ親しんだこの里では、梅の花だけは昔と変わらずに懐かしい香りを漂わせています。

歌の作者・紀貫之も撰者の一人である『古今集』に収められた一首です。
『古今集』の詞書(ことばがき)には、

初瀬(はつせ)に詣(まう)づる毎に、宿りける人の家に、久しく宿らで、程へてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かく定かになむやどりはあるといひ出だして侍(はべ)りければ、そこに立てりける梅の花を折りてよめる

とあり、意味としては下記のようなものです。

長谷寺にお参りする度に宿をとっていた人の家に、しばらく行かなくなっていて久しぶりに訪れてみると、その家の主人が「こうしてちゃんとお宿はあるのに」と中から言うので、近くに立っていた梅の枝を折って詠んだ(歌)

初瀬(はつせ)とは現在の奈良県・桜井市初瀬(はせ)の古称でもあり、長谷寺のことを指します。

久しぶりに訪ねた昔なじみの宿の主人から、ちょっとした皮肉を込めて言われた言葉に、紀貫之は梅の枝を折って「あなたは心変わりしませんでしたか。梅の花は昔と変わらずに香りを漂わせているけれど…」と機転を利かせて返している様子がうかがえます。

移ろいやすい人の心と、変わらずに迎えてくれる自然の対比。
詞書がなければ、梅の香りを愛でつつただ想いを馳せながら感傷に浸っている歌のように感じますが、詞書を理解すると、とても人間味あふれる歌だと分かります。
即座に小粋な歌で返すことができる紀貫之の頭の回転の速さ、また言葉の力に脱帽です。

和歌に出てくる「花」という単語。
「花=桜」のイメージが強いように思いますが、「桜」と読むか「梅」と読むかは時代によっても傾向があるようで…

奈良時代末期に編纂されたとされる『万葉集』のなかには、「梅」を詠んだ歌が約120首入っているのに対し「桜」を詠んだ歌は約40首。
時を経て、平安時代に編纂された『古今集』のなかでは、「梅」の歌は約18首と減る一方「桜」の歌は約70首と増加。

平安京遷都や遣唐使の廃止をきっかけに、国内の文化も唐風文化から国風文化へと移り変わった平安時代。中国から伝来した梅への関心から、日本古来の桜へと人々の関心も向かい、歌に反映されているのかもしれません。
今となっては、桜は日本の象徴のひとつでもありますね。

対外関係や世情・政治とも関わりの深い古典文化。
時代背景にも目を向けてみると、一層楽しみが深まります。

番外編でもう一首

東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花
主なしとて 春なわすれそ

(菅原道真『大鏡』)

訳)春風が吹いたら、香りをその風に託して大宰府まで送り届けてくれ、梅の花よ。
主人である私がいないからといって、咲く春を忘れてはならないぞ。

※文献や出典によっては「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春をわするな」と収録されているものもある

菅原道真(すがわらのみちざね)が大宰府に左遷されることになり、京都の家を離れる際に、日頃から大切にしていた自宅の梅の木に別れを告げた歌です。

この歌は『小倉百人一首』には入っていませんが、作者の菅原道真は「このたびは」の歌(※)が百人一首にも選ばれている人物だということ、「梅」にまつわる歌であること、このあとにお話しする競技かるたとのご縁もあり、番外編としてご紹介させていただきました。

※「このたびは」の歌…「このたびは 幣も取りあへず 手向山(たむけやま) 紅葉のにしき 神のまにまに(24番『古今集』)」

私の出身地福岡には、菅原道真公を祀った太宰府天満宮があり、毎年お正月には天満宮にて競技かるた大会が開催されます。
競技かるたには、序歌(じょか:競技を開始する際に読み上げる百人一首のなかには含まれない和歌)を読み上げる規定があり、一般社団法人全日本かるた協会が定める序歌は「難波津に 咲くやこの花 冬籠もり 今を春べと 咲くやこの花」となっていますが、太宰府大会においては、縁のある菅原道真公の「東風吹かば」が読まれます。

香りにも癒される梅の花。
伝統文様のひとつであり、「松竹梅」と言われるように縁起ものでもありますね。
梅柄の着物は、デザイン化されていたり、秋の菊花など他の季節の草花と一緒に描かれている場合は通年着ることができます。

梅柄の着物に袖を通しながら、香りを思い出してみるひとときも豊かな時間ですね。

『ちはやふる』8巻「かささぎ」のセリフに想う

『ちはやふる』(末次由紀/講談社「BE・LOVE」)の8巻第45首のなかには、クリスマスイブの夜、主人公の千早が遠く離れた幼馴染みの新(あらた)に携帯から電話を掛けるシーンで「携帯電話ってすごいねぇ~ かささぎみたいだね~」というセリフがあります。

このシーンに至るまでの想いの描写と合わせて、とてもステキです。

なかなか人と集まったり、自由に移動することができない現在の状況。
声が聞こえる携帯電話や顔を見て話すことができるオンラインの環境も、人と人とを繋ぐ橋渡しだと思うとあらためて「ありがたいな、すごいな」と感謝の気持ちがわいてきます。

美しい冬の夜空を味わうとともに、なんだか今の難しい状況にも寄り添ってくれる一首に感じたことも、今月おすすめにした理由のひとつでした。

百人一首を通して学ぶこと、感じること。
着物を通して学ぶこと、感じること。
百人一首と着物の世界が繋がって広がる学びや新しい出会い。
日常の中に、何か新しい発見やわくわくが見つかるきっかけになりましたらうれしく思います。
来月もどうぞお楽しみに。

※参考
『広辞苑』
『注解 日本文学史』著:遠藤嘉基 池垣武郎
『百人一首を楽しくよむ』著:井上宗雄
『しょんぼり百人一首』著:天野慶 絵:イケウチリリー
長岡京小倉山荘 ちょっと差がつく百人一首講座
https://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/index.html
太宰府天満宮HP(https://www.dazaifutenmangu.or.jp/)

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