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”きもの好き”だから出会えた。 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.8

”きもの好き”だから出会えた。 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.8

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草木染め、手機という伝統に最大の敬意を払いながら、さらに立ち止まることなく、さまざまな織組織と図案を発表し続ける『夢訪庵』。そして唯一無二のその美に魅了される、感度の高い女性たち。両者が出会った瞬間、多くの物語が生まれます。この連載では、無限に広がる「帯とわたし」の物語をお届けします。

2024.12.06

よみもの

色を愛して。私のファッション哲学 ~夢訪庵・桝蔵順彦氏の世界~ 「帯に宿る、わたしだけの物語」vol.7

一人でも。ふたりならもっと楽しい

今回の物語の主人公は、博多にお住まいの門司悦子さんと、横山文香さんのおふたり。

着付け教室の先生と生徒さんという関係でありながら、バーカウンターで語らうふたりの後ろ姿からは、それ以上の繋がりを感じます。

“仲間がいると、きもののおしゃれは最高に楽しい”

これからの人生がよりキラキラと豊かな時間で満たされる――そんな予感の、物語。

まさか着付け師になるなんて ―門司悦子さん

門司悦子さん

実家の母が和裁をしていたこともあって、きものは常に身近にありました。けれど、私の暮らし自体にきものが馴染んでいたわけではございませんでした。

とくに子育て中はそれどころではないほど忙しかったですし、むしろ無縁の生活を送っておりました。

きものが暮らしに根付いたのは、今から13年ほど前になるでしょうか。きっかけは突然訪れました。

通っていた美容院の紹介で着付け体験教室に、お誘いいただいたのです。

せっかくなので、参加することに。いざ行ってみると、先生がとても優しく魅力的な方だったので、そのままお教室に通い始めました。

今では先生が主宰される着付けサークルでアシスタントを務めたり、成人式や卒業式の着付けのお手伝いをする立場にまでなりました。

そして、きものが生活の一部になれば、自然に呉服屋さんとのお付き合いが始まるのも当然のことでした。

「京都きもの市場」さんは実店舗ができる前から、催事に何度も行っていたので、福岡のお店ができてからは、頻繁に立ち寄るほどのお付き合いに。そして現在の博多店へ移転したタイミングで思いもよらないことが起こりました。

「ここで、着付け教室を始めませんか」

と、店長から声をかけていただいたのです。こうして私は「着付けの先生」という肩書を頂戴することになりました。

子どもの門出の日、着物の扉が開く ―横山文香さん

きものと向き合うようになったきっかけは、今から6年前。

子どもの卒業式と入学式に、母親としてお祝いの気持ちを込めたいと思ったことが、その始まり。

横山文香さん

いざ着てみると、子どものお祝いに花が添えられたとか、母としてこの日を迎えられたというだけでなく、「きものを着た」というだけで幸せな気持ちに包まれた

同時に、思い出したことが。

それは嫁入り道具として両親が用意してくれたきもののこと。

きものが自分で着られたら、箪笥で眠る、あのきものを着てあげられる……

「博多に『京都きもの市場』という新しい呉服屋さんがオープンするらしいの。着付け教室もあるみたいだから、一緒に行かない?」

タイミングよく友人に誘われ、私は着付け教室に通いはじめた。

それがきっかけで門司先生と出会うことになるなんて、あの時は想像もできなかったな……

琉球産地ツアーでの出会い

文香さんのことは、「京都きもの市場」さんのイベントで何度もお見かけしていました。だから存じ上げていましたし、ご挨拶程度はしていました。

門司悦子さん

親しくなったきっかけは、忘れもしない2019年に開催された「琉球ツアー」です。

2019.11.15

イベントレポート

京都きもの市場オリジナル 店舗店長と行く、沖縄工房見学ツアーレポート 琉球紅型・花織・芭蕉布…沖縄の豊かな着物文化を現地で体験!

泊まりがけで同じ時間を過ごし、飲食をともにしていると、「あら文香さん、お酒もいけるのね、実は私も」なんてことが分かりだして、どんどん打ち解けていきました。

その後、文香さんが私の着付け教室に通って下さるようになってからは、ますます親しくなって。

横山文香さん

文香さんとは、生徒さんと教師、という関係以上のお付き合いをさせてもらっています。今では洋服でも気軽に待ち合わせて、馴染みの居酒屋さんへ行くほどに。

どんな時も待ち合わせ場所は「京都きもの市場」です。

スタッフとは親しいし、見たいものがたくさんそろっているので、退屈することなくお互いを待てるんですもの。

「文香さん、いらしたのね。ところで、これ好きでしょう?」

「わかる〜!?」

と言いながら、いつも盛り上がっています。ふたりそろっても、きものを見たりスタッフとおしゃべりしたりして、つい長居することもしばしばなんです。

念願かなってきもの旅 ―ふたり

門司悦子さん(以下、門司さん):桝蔵先生にずっと誘われていた代官山展。文香さん、やっと来れたわね。

横山文香さん(以下、横山さん):ええ。門司さんとの旅行を楽しみにしていたから、うれしい。

代官山

『夢訪庵 2024代官山展』

門司さん:博多でのイベントは毎年5〜6月くらいにあるのだけれど、以前、そのご案内状に載っている作品が出展されないことがあったの。お写真の帯はどこですかと桝蔵さんに伺ったら、

「実は……代官山展で売れてしまいまして……ほんまにごめんなさい!!」

「えぇ〜、先生、私はその帯を楽しみにしていたんですから許しません!」なんて冗談まじりにお伝えすると、「いつかご旅行もかねてぜひ、代官山展に遊びに来てください」と、お誘いいただいていたのよね。

門司さんが気になる帯として選んだ一本

門司さんが気になる帯として選んだ一本

横山さん:念願かなってようやく実現できたわね。

門司さん:私たち、桝蔵先生が博多にお越しの際はいつもお邪魔しています。

横山さん:そう。ちなみに私は皆勤賞よ。

門司さん:そうだったわ。私は6年前の初めての会には予定があって行けなかったので、桝蔵先生と初めてお会いしたのは、次の会から。

その日、義母からもらった古い大島紬と帯を締めて伺いました。帯は京都の情景を映し出した塩瀬の染め帯で、どちらも50年以上前のもの。

先生は私をじっと見つめて、こうおっしゃったの。

ジョグジャカルタの王室にゆかりのある紋様が表現された名古屋帯

門司悦子さんは、ジョグジャカルタの王室にゆかりのある紋様が表現された名古屋帯と淡いブルーと白の縞模様の柳条御召を合わせ、風薫る心地よい季節に爽やかな装い。

「あの……とても素晴らしい大島紬と帯をお持ちなんですね。昔のものは糸が上等で素晴らしく、今ではよう作れません。ぜひともずっと大事にしてください。

その後も、ずっと褒めてくださったの。ご自身の作品の説明は一切されないまま。

でも最後に、

「僕は昔のきものを活かす作品作りをしていきたいと思っているんです」

と、教えてくださいました。

思い出のファースト夢訪庵

「普段、大島紬などを着ることが多く、この帯なら相性がよさそうだと思って選びました。一方で、格調の高い王室ゆかりの紋様なので、付け下げなど後染めのきものにも合わせられます」

古いものを大切にする先生の気持ちは尊く、きものを着る側のことを心から思って下さる言葉だなと思ったのよね。

だから今日は、その日にいただいた思い出のファースト夢訪庵を締めて来ました。

これはフライヤーに掲載されていて、写真で見た瞬間から心を動かされたことを覚えています。

横山さん: 門司さんがファーストというなら、私はラスト夢訪庵(笑)!

博多織の伝統工芸士、荒木希代さんの絵羽のきものに合わせて。

「今日は博多織の伝統工芸士、荒木希代さんの絵羽のきものに合わせました。このきものを見た時、あ、桝蔵先生のあの帯に似合う!と思ったんです」

横山さん:これは昨年9月に出会いました(取材は2024年4月)。優しい色のトーンで描かれた抽象的な花柄が可愛くて。「舞妓さんも好んではるん柄なんですよ」と、桝蔵さんがおっしゃっていました。

色彩や柄の雰囲気がとても気に入って、すぐに決めてしまいました。いろいろなきものに合わせられるので、登場回数の多い帯です。

桝蔵先生はユーモアがあってとにかく面白い、というのが第一印象。

そしてとにかくお元気!先生の声があまりにも響くので、警備員さんがイベント中に覗きに来た事があったほどですから。

コロンとした花模様が愛らしい名古屋帯

フェルナンブーコを使って生み出した優しい色とコロンとした花模様が愛らしい名古屋帯

門司さん: 桝蔵先生とお食事をご一緒したこともあったのよね。トークショーと同じように、食事中も話題は尽きることがなかったわね。染めや織りの知識だけでなく、様々なことをご存じで。

横山さん: どの作品にも愛情とこだわりをお持ちなのよね、きっと。

門司さん: ええ。それは素材や技術に自信があるからではないかしら。先生は日本文化だけでなくヨーロッパの芸術や歴史など、さまざまなことにも造詣が深いでしょう。

だからこそ、あのバラエティに富んだ豊かな作風が生まれるのだと思うの。

2021.08.27

よみもの

「フェルナンブーコ」って、なあに? 「古谷尚子がみつけた素敵なもの」vol.1

門司さん: まだ桝蔵先生のことをご存知ない方に、「どんな人?」と聞かれると本当に困ってしまうの。

「すべて草木染め、そして手織りで帯を作っているのよ」

とはすぐに答えられるけれど、どんな作風かと聞かれると、言葉に詰まってしまって。

可愛らしい柄もあれば渋くてかっこいい作品もあるし、ファッション性の高いモダンな名古屋帯が多いけれど、重厚で格調の高い古典柄の袋帯もあるでしょう。

「とにかく一度、作品を見てちょうだい」

としか言えないのよね。

ああ、これ好きだろうな ―ふたり

展示会場で作品を見ながら歓談中のお二人

横山さん: 門司さんは季節の帯がとても多いわよね。だから、おきもの姿を拝見すると、あぁ、もうそんな季節なんだわ、と四季を感じます。

門司さん: そうなの。私は昔から季節の帯が好きなのよね。

紫陽花にカタツムリ、夏の花火、月とススキ、雪の厳島神社、ポインセチアと季節を楽しむ作品を多く頂戴しています。

これまで、季節の柄は染め帯しかないと思っていたの。だから桝蔵先生の作品に出会ってびっくり。まさか、織の帯で季節柄がこんなにもあるなんて、と。織の帯で季節感をこれほど繊細に表現しているのは夢訪庵ならでは。

先生の作品に魅了される理由のひとつです。

横山さんが気になる帯として選んだ一本

横山さんが気になる帯として選んだ一本

門司さん: 文香さんは、お花や植物などの柄がお好きよね。

「あ、これ文香さん好きでしょう」と聞くと、大体当たっちゃう。優しい色で、季節問わず楽しめる柄が好きよね。

横山さん: きものを着始めてまだ浅いから、コーディネートに悩むことも多くて。だから私は、季節も場所も、きものも選ばない柄に惹かれます。

一年を通して、どれにしようかなと選べると、とても楽しいから。

まなぶ

「今井茜、季節の着物コーディネート」

これからもずっと ―横山文香さん

きものは一人でも、楽しめる。

例えば入浴中に。
例えば電車の中で。

明日は何を着ていこう……

きものが着られるようになって本当によかった。

そうだ、このきものはいつかあの帯とも合わせてみよう、その前に藍の帯揚げを探しておかなくては……

どこにいようが、何をしていようが、いつでも、誰に邪魔されることなくその時間を作ることができる。

そして「好き」は、誰にも合わせなくていい。

自分の「好き」をギュッと詰め込んだおしゃれができる。

一人の時間をたっぷりと満喫したら、次は友人との幸せな時間。

「きものが好き」という共通の気持ちが分かり合える友人とは、いくら話しても話題が尽きることはない。

きものが着られるようになって本当によかった。

きものを一過性の熱のような盛り上がりにはしたくない。
一生、はなれたくないから。

どうかこの豊かな幸せが、私の人生に寄り添い続けてくれますように。

「ありがとう」であふれる ―門司悦子さん

この年齢になって、こんなにも気の置けない友人と出会うことができたのは、他でもない、きもののおかげだと思います。

そして90代半ばの母たちから受け継いだきものを着ると、ふたりとも喜んでくれることがとても嬉しいのです。

「悦子さん着てくれてありがとう」

母たちによく言われます。でも、私こそ感謝の気持ちでいっぱいです。

きものとは、人生を深めてくれるもの。

着付け講師となり、きものに関わらせていただく身となりました。これも何かのご縁だと思います。この美しく素晴らしい日本文化を次世代へ繋ぐ一助になれたらと思っております。

私にとってきものとは――

大袈裟になってしまうかもしれませんが、人生を深めてくれるもの。

きものと出会えて、文香さんと出会えて私は幸せです。

ありがとう。

明日はどこへ行きましょうか

「夢訪庵 2024代官山展」にて。

門司さん:今回の旅行は3泊ずっときもので通しているのよね。

横山さん:旅支度から楽しかったわ。昨日の夕方に浅草観光をしていたら、外国観光客の方に写真を撮らせて欲しいと言われて、ちょっとうれしかった!

浅草にて

着物で過ごした東京旅行。この日も、ともに夢訪庵の帯で。実はバッグも夢訪庵の帯地から誂えたもの 提供/横山文香

門司さん:ふふふ。きもの姿も褒めてもらえたのよね。

ねえ文香さん、明日はどこへ行きましょう。迎賓館がいま、特別公開しているんですって。どうかしら。

横山さん:行ってみたい! その後、銀座にも行きましょうよ。

門司さん:そうしましょう。時間が許す限り、楽しみましょうね。

モデル/門司悦子、横山文香
撮影/菅原有希子(http://yukikosugawara.com

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