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能面師という仕事(前編)~女流能面師・宇髙景子さんに聞く~ 「気になるお能」vol.5

能面師という仕事(前編)~女流能面師・宇髙景子さんに聞く~ 「気になるお能」vol.5

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無表情な面、聞き取れない言葉、古い価値観——能楽へのハードルは高く感じてしまいがち。室町時代から受け継がれてきた日本を代表する舞台芸術への扉を、一緒に開いてみませんか? 今回からは、「派手髪の能面師」として注目を集める宇髙景子さんにバトンタッチ。まずは、若き能面作家の生い立ちを紐解きます。

まなぶ

~女流能楽師・田中春奈さんに聞く~ 「気になるお能」

2023.04.21

よみもの

孤独に寄り添い心静める能の力『ヴィレッジ』 「きもの de シネマ」vol.28

派手髪の能面師とは?

景子さん

アッシュの髪、揺れるピアスにいかついリング、ネイルを施した爪……

およそ“能面師”とはかけ離れた風貌の彼女こそ、自身を”派手髪の能面師”と表する歴とした能面師・宇髙景子さんです。

金剛流能楽師・宇髙通成(うだかみちしげ)氏を父にもち、弟である竜成(たつしげ)氏、徳成(のりしげ)氏も能楽師という能楽一家に生まれ育った景子さん。物心つく頃から能にふれ、能の舞台に立ったこともある彼女にとって、

お能を観るというよりは、能楽堂に遊びにいくという感覚でした。桟敷席に座布団を敷くお手伝いをしたり(笑)。雰囲気は好きだったけど、お能を仕事にするというビジョンはなかったですね」

という言葉が示す通り、能楽は身近だけれどどこか遠い家業でした。

景子さん

そんな彼女の転機となったのが、2007年に父である通成氏が主催したヨーロッパでのイベント。そこで能面の監修を任されたのです。

「監視員として座っていると、頻繁に声をかけられて、いろいろ質問されるのですが、ちゃんと答えられる知識もなくて…… 能面ってこんなに注目されるものなんだ!?って驚きました」

余りに近すぎて、その価値を見ようとも思わなかった能面に対して、「いろんなフィルターがなくなって、思考がリセットされてクリアになった」という彼女。

調べていくうちに、美術品としての美しさだけではなく、能面が秘める人格や人生に惹かれていったといいます。

自信となった最初の面

冒頭でもふれたように、彼女の見た目は650年にわたって受け継がれてきた伝統芸能に携わる者のイメージから大きく逸脱しています。

薄々お気づきの読者もいらっしゃると思いますが、そこには彼女が長年”推し活”を続けているビジュアル系バンドの影響があります。

景子さん

「好きなものを追求していたら、父との折り合いが悪くなって……」

ある頃から工房への出入りを禁じられた景子さん。

自身の世界の中心だった某バンドの解散を機に、これまでの日々を振り返り、「どう生きるか」という命題と向き合うことに。

「敷かれているレールにそのまま乗っかるのは格好悪いじゃないですか。そこで、考え方を変えて、まずは自力で能面の歴史的背景や本面(ほんめん)の作者についてデータを調べるところから始めました」

※本面(ほんめん)……室町~安土桃山時代に打たれた能面。以降はその基本形を模倣再現する。

幸いにも資料には事欠かない環境。まずは、知るところから、と奮起します。

そんな折、彼女のもとに能面制作の依頼が舞い込んできました。

「顰」という鬼の面を手にしている景子さん

『大江山』『土蜘蛛』などで使用される「顰」は、人に危害を加える鬼の面。激しく吊り上がった眉と深い眉間の皺、四本の牙が凶暴性を表す

彼女が手にしているのは、「顰(しかみ)」という鬼の面

ほとんど資料もないなかで、その複雑な造形を再現できたとき、「私はまだやれる」という自信を得たそう。

決意を新たにした景子さんにとって、この面が、彼女を能の世界に繋ぎとめた思い入れ深い作品となったのです。

恰好良く生きるために

それから現在に至るまで、約40面の能面を完成させてきた景子さん。

父・通成氏に師事するも、「自身が独学で技を磨いてきた父は、見て覚えろタイプ」。自らがトライ&エラーを繰り返すなかで、

苦労して手にしたものを簡単に与えられなかった父の気持ちが、今なら解る気がします。言葉で教えられても頭で理解するだけで、本当に会得するには至らない

だからこそ、彼女は失敗を恐れない。

失敗しないと先に進めないから、そのためには師匠の言葉すら疑う。その姿勢が大事なんだと思っています」

制作風景

やると決めたことには本気で向き合い、とことん突き進む——それが彼女のスタンス。もはや、生き様と言ってもいいかもしれません。

「能面師」の肩書を掲げるようになった頃を振り返って、「師と言うにはまだ早いと、父には言われましたけど。響きが恰好良いし(笑)

恰好良いか、恰好悪いか。すべてのジャッジはそこに起因しているようにも感じられる彼女の言葉や仕草一つひとつに、能面師たる矜持を見た気がしました。

彼女の人となりが、少しだけでも伝わったところで。

次回は、「能面を打つ」ということについてお話いただきます。お愉しみに。

第21回 宇高青蘭能之会(うだかせいらんのうのかい)
金剛能楽堂

2023/10/14(土)
開場: 12:30 / 開始: 13:30 / 終了: 16:00

※チケットはこちらから

「気になるお能」vol.1~4 登場、田中春奈さんご出演の会も来月愛媛にて開催されます。

第三十九回 松山市民能

※チケットはこちらから

撮影/スタジオヒサフジ

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