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後世へとつなぐ能楽の魅力 ~女流能面師・宇髙景子さんに聞く~ 「気になるお能」vol.8

後世へとつなぐ能楽の魅力 ~女流能面師・宇髙景子さんに聞く~ 「気になるお能」vol.8

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無表情な面、聞き取れない言葉、古い価値観——能楽へのハードルは高く感じてしまいがち。室町時代から受け継がれてきた日本を代表する舞台芸術への扉を、一緒に開いてみませんか? 派手髪の能面師・宇髙景子さんオススメの演目から、能面への想いまで。彼女の本音に迫ります。

まなぶ

「気になるお能」

フラットな状態で挑むべし

話す景子さん

ときに、自分が打った面ばかりが気になることもあれば、そんなことはすっかり忘れて物語にのめり込むことも。

景子さんの能舞台との向き合い方は、とても感覚的です。

「分からないものは分からない。つまらないものはつまらない」

——そう言い切れてしまう潔さ、正直さ。それもまた、彼女の魅力のひとつと言えるでしょう。

事前にあらすじを予習していくのも悪くないけれど、「せっかくなら、生まれて初めての舞台はまっさらな状態で観てみるのもいいのでは」と彼女らしい提案がありました。

景子さん

「私の場合、初めて能を見た記憶がないんです。当たり前に身近にありすぎて。

そのときの感覚や感動は、後からでは知りようがない。その頃には戻れませんから。

何にも知らない状態で能を観ることができるのは最初の一回きり。だからこそ、フラットな状態で向き合って、観終わってから答え合わせをしてもいいと思うんです。

どんなことでも初めてって貴重じゃないですか?

なんとも、彼女らしい言い分です。

「分かろうとしなくていい。何を感じるかが大事」と言う彼女は、その“何かを感じさせる”力こそ、能面に必要だと考えているよう。

能面を打つ景子さん

「説明すれば納得してもらえるものは、たくさんあります。もちろん、それも大事なこと。

だけど、道端に飾ってあったら、なぜか足を止めざるを得ない。それこそ、本物の魅力だと思うんです」

お勧めの演目と好きな能面

そうは言っても、ひとつくらい「これ!」という演目を知りたい。

そう願ったところ、しばし考え込んだ彼女がポツリと挙げたのが、『蝉丸』でした。

「派手な動きがあるわけではないんですが……」と前置きして、簡単に語ってくれたあらすじは次のとおり。

不運な姉弟が生き別れ、逢坂山で再会します。弟は盲目、姉は生まれつき髪が逆立っていることから精神を病んでしまい、それぞれの不遇を背負っています。その来し方を語り合い、嘆き合い、ふたりは涙ながらに互いを思いやりながら別れる、というシンプルな筋書きです。

演目を語る

この物語のすごいところは、運命に抗わず、受け入れて従って生きるという点。自分が生きてきた中にはない、そういう穏やかさに驚きました。

こういう境遇なら、自暴自棄になってもおかしくないし、誰かのせいにしがち。なんで?!って思うものなのに、彼らはそうじゃない。そういう生き方もあると知るだけで、世界が広がる気がします

説明する景子さん

また、好きな面は?と問うてみたところ……

豊臣秀吉が愛したと伝わる『雪の小面』ですね。石川龍右衛門作の面で、見ていると目が離せなくなるような魅惑的な力を感じます。

『雪の小面』と同じく金剛家が所蔵している貴重な能面のひとつ『増女』も好きです。手掛けた是閑(ぜかん)は、秀吉から『天下一』の称号を与えられた面打として知られます」」

面とともに

能面の魅力を、後の世まで

不躾ながら、最後の最後に訊いてみました。

能面って、ひとつおいくらくらいするもの?

能面のお値段は

「本当にピンキリで……難しいんですが、私の作品であれば、今なら30万円ほどが目安でしょうか」

手頃ではないけれど、思ったほどお高くないような……

二か月という制作期間を考えれば、それだけに注力したとして月15万円。決して無体な金額ではありません。

価値あるものを正当な価格でやり取りすることは、文化を守ることにもつながると思っているので、ディスカウントはしたくないのが本当のところです。

でも、ときには、ものすごく熱意を伝えてくださる方もいて、何度も丁寧なやり取りを重ねて、相手の面への熱量を目の当たりにすると、予算オーバーな分をどうにか……と思うことも。

そういうときは、その値引き分を『ギフトの気持ち』とお伝えするようにしています」

若き能面師

景子さんが京都と東京で開催している能面教室には、父の代からの生徒さんはもちろん、海外からの参加者も少なくありません。彼らの多くは舞台で使用するのではなく、インテリアとして飾ることや、自身で身につけて楽しむのを目的にやってきます。

能面は舞台で使われてこそ、という彼女自身の主義とは異なりますが、それでも能面教室を続けているのは、文化を後世に継いでいくため。

それは、「モノの良さに気づく人がいなければ、それがどんなに価値あるものであっても意味をなさない」という考えから。

これはなにも、能面に限ったことではなく、伝統ある文化や芸術には須らく当てはまることだと言えます。

見る目を養ってもらうため、美しさを解する人を絶やさぬため、己が「良き」と思うものを伝えていく努力を惜しまぬ姿勢もまた、彼女の“恰好良さ”の一面なのです。

能面の棚

古くなった装束や端切れを使って作る面袋。同じものは二つとなく、どの袋に何の面が入っているか一目で分かるようになっている

撮影/スタジオヒサフジ

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