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Kimono concier凛 主宰 藤森敦子さん

Kimono concier凛 主宰 藤森敦子さん

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「装道礼法きもの学院東京本校」にて30年間着物教育に従事し、2019年に着物サロン『Kimono concier凛』を立ち上げた藤森敦子さん。着物のルールや基本の大切さを説いてきたこれまでと、今に迫ります。

苦い思い出が導いた着物への道

人はいつ着物に出会い、着物に魅せられていくのか。

七五三、成人式、卒業式、結婚式……
そんな晴れの日に、私たちは普段の生活であまり触れることのない着物に出会います。おめでたい日のムードをさらに盛り上げてくれる着物。多くの人にとっては思い出の一部に、そして着物に魅せられた人たちはそこから着物への道を歩むことになります。

しかし、着物をエレガントに着こなし、自身が主宰するサロン『Kimono concier凛』を中心に華々しく活躍されている藤森敦子先生の着物とのファーストインプレッションは、意外にも少し残念なものでした。

20代前半まで着物に興味がなく、コム・デ・ギャルソンやヨウジヤマモトなどのモノトーンな洋服が好きだったという藤森さん。成人式の振袖もレンタルすることになりましたが、当時はきれいな色の着物ばかりで、希望した黒地の振袖はなかったといいます。

「最終的には瑠璃色の着物を選びふくら雀(袋帯)を結んだのですが、私のイメージとは全然違って…すごく残念な思いをしたのです」

苦い思いをした2年後、藤森さんはふたたび着物と出会うことに。
当時はキャッチセールスを行う着物店もあり、声をかけられた藤森さんは、あれよあれよという間に着物のローンを組むことになりました。

誂えた着物は、白地の紋綸子の小紋に大きな束熨斗の模様があしらわれた小紋。
反物で決めた際には「悪くないかな」と思っていたものの、大きめの柄の小紋の宿命…できあがりの雰囲気は当初のイメージとはかけ離れた満足のいかないものでした(※)。

※小紋は縫い目での柄合わせがされない着物。反物の状態で柄が左右幅いっぱいに広がるような大きめの柄の小紋は、お仕立てをすると縫い目のところで柄が切れてしまう。

ところが、何でもこだわり抜くタイプの藤森さんは諦めません。
25歳の頃に着物店から展示会を紹介され、そこで運命の出会いを果たします。

作品名『波に藤』ー

それは、淡く知的なグレーの絹地に、藤花模様があしらわれた友禅染の着物。
つつましやかな佇まいに魅せられた藤森さんは、一晩悩んで購入を決意。

2006年に来日し、自身が着付けを担当したヨルダンラニア王妃もその着物をお召しになりました。

そんな運命の出会いから数十年。

藤森さんはきもの学院にて着物教育に従事し、定年退職を迎えた後、2019年に着物サロン 『Kimono concier凛』をオープン。表参道で着物にまつわるレッスンを開催するとともに、京都きもの市場・銀座店でも着付け教室を行っています。

「メンバーは18〜19名ほど。毎回テーマを決めて月に1度集まっています。10年以上着物に携わっている方が多いので、楽しみながらレッスンを行っている感じでしょうか」

新型コロナウイルスの影響でみんなで集まることがしにくい最近は、スタッフとともに帯結びの動画を撮影し送っているとのこと。

「YouTuberはハードルが高いので、今はメンバーだけに見せています(笑)」

そんな藤森さんの今後の目標は、着付けだけでなく、着物のお手入れ方法やコーディネートを紹介するイベントやショーを企画して開催すること。立ち上げたばかりの「Kimono concier凛」はみなが一緒に創り上げているサロンなのです!

最後の仕事はあたたかみのある成人式に

藤森敦子さんのヘアスタイリスト時代

1990年から2019年まで、きもの学院にて講師としてのキャリアを積み上げてきた藤森さん。きっかけは27歳の時、結婚を期にヘアスタイリストの仕事を辞め、御茶ノ水に位置する学院に生徒として通いはじめました。

着物の先生になるための資格を取得するため、自宅がある神奈川から片道2時間半の道のりを週2回。“洋”から“和”への方向転換には、ご自身の年齢も理由のひとつだったといいます。

「30歳を目前にした時、どこのお店に行っても自分に似合う洋服がなくなってきたのです。当時は今のようにミドル世代をターゲットにしたお店もあまりありませんでした。それでお洋服はもう私の範疇じゃないんだと思い、方向転換しました」

きもの学院に入学し、半年で資格を取得。

実技試験の審査員を務めていた教授から「仕事の手伝いをしてくれないか」と声をかけられます。この出会いがひとつの転機となり、学院内で雑誌やカレンダーに出演するモデルや、講師の助手を務めることに。そして5年が経った1995年、藤森さんは常勤講師となります。

そこから週5日生徒と向き合い、また50歳の時には、学院の助教授となった藤森さん。
大きな講演にも登壇し、ショーの企画や構成を行うことも。国会議員や要人、芸能人など、国内外のVIPクラスの着付けを担当してきた藤森さんですが、定年前最後の仕事は非常に心に残っているといいます。

2018年1月8日、ある騒動が波紋を呼びました。晴れやかな成人式の当日に、横浜で振袖のレンタルや着付けを行っていた着物店「はれのひ」が突然休業。同店で振袖を予約していた多くの新成人が路頭に迷ったのです。また、予約をしていた中には、2018年の新成人だけでなく、2019年の新成人も多くいらっしゃいました。

藤森さんの在籍するきもの学院は、本来学院内での成人式の着付けは受け付けていませんでしたが、2019年の新成人を救済すべく動きはじめました。しかし当初は、新成人本人も家族も、不信感を持っている様子だったといいます(当時は”救済”と称した二次被害のニュースも流れていました)。

着付け師は普通、動きやすくするため白いブラウスと黒いパンツを履いて仕事をします。しかし藤森さんは、当日、着物で着付けをしました。それが逆に安心感をもたらし、とても喜んでくださったそうです。

「良い成人式が迎えられたと、後でお礼の電話やお手紙をいただいたのです。こちらとしてもせっかく人生で一度きりのおめでたい出来事なのに、悪いイメージで終わってほしくないという気持ちがありました。満足していただけて本当に良かったと思います」

そんな経験を通し、藤森さんは、ただ着付けるだけではなく意味のある成人式のお祝いをしたいと思うように。大勢で集まることが難しいコロナ禍の今、成人式の形も変わっていく可能性があります。

家族だけでのお祝いをしたり、親しい仲間とだけ集まったり。
みなでお祝いの席をつくりあげていくような、あたたかみのある成人式に――
そんな藤森さんの言葉から、希望にあふれた未来が見えました。

名刺がわりになる美しい「装い」、基盤は心と身体の健康

約30年間もの間、着物と向き合ってきた藤森さん。そんな藤森さんにとって“着物”とは?

「私個人としては、通勤を含めると、1日12時間以上・週5日を着物で過ごしていたので、着物=仕事という感覚なんですね。国内外の出張も着物で行っていたので、ある意味“仕事着”みたいになっているんです。特に責任ある立場になってからは役職にふさわしい振る舞いを意識していたので、言ってみれば装いが自分の名刺になっていたのかなと思います」

装いが名刺になるー

藤森さんはサロンの生徒さんにも「自分自身がPRになるんだから、きれいに着物を着て帰ってね」と伝えているといいます。着る時間もなるべく短めに。また「現代にある便利な小物などを上手にブレンドしながら楽に、無駄のない手さばきを身に付けましょう」と教えています。

着物を着る時は無心という藤森さんですが、体調が悪いと着物の着方にも影響が出るといいます。

「心と体が健康であることが一番大事。特に仕事の時は穴を開けるわけにはいかないという意識があったので、生活のルーティンを崩さず常にフラットな状態でいることを心がけていました」

着物を着るときには、心と体が健康であることが一番

SNSが発達している現代は誘惑も多く、ついつい周りの意見や行動に流されてしまいがちです。しかし、藤森さんは自分軸を大切にしています。今はYouTubeを観ながらヨガをしたり散歩をしたりと、ゆったりした生活を送っているのだとか。

「もともと世渡りが上手ではなく感性で生きるタイプなので、自分が心地良いように生活しています。今までは仕事中心だったので、支障がないように心がけていたつもりです。ネイルやメイクも着物のために整える身支度のひとつ。着物と合わせた時に違和感がない程度に個性を出しています」

いつも凛々しくお美しい藤森さんですが、立場上クールで近寄りがたく見られることもあるそう。そのため60代になってからは、特に意識してやわらかい色や明るい色を入れた着物を選ぶように。

「自分に足りないところを着物が補ってくれる」

それも着物が持つ魅力のひとつなのです。

着物に“着られる”のではなく、着物を“着こなす”装いを

私たちは、何でもない日常を「ケ(褻)の日」、お祭りや年中行事などの非日常を「ハレ(晴れ)の日」と表現してきました。今から30年ほど前、「着物は礼装着が主流で、ハレの日に着るものだった」という藤森さん。

しかし現代では普段着としての着物が注目され、ケの日に身につける着物にファッションとしての魅力を感じる気運が高まっています。帯ひとつとっても、今は、浴衣にも合わせられ、結び方が自由にアレンジできる“半幅帯”が人気。

「カジュアルで手頃なものが増えることで着物へのハードルが下がります。ファッションのひとつとしてみれば、自由な着方もありだと思うので、着物に興味がある方はまず一歩足を踏み入れてチャレンジしてほしい」とメッセージを送ります。

一方、着物に精通している人に対しては「最低限の決まりごとや着付けの基本を身につけてほしい」とアドバイス。着物は形にはまっているように思うかもしれませんが、意外にも選択肢が多い。織物なのか染物なのか、染物の中でも色が薄いものを選ぶのか、濃いものを選ぶのか。着こなし方も人によって異なり、自己表現としての可能性は無限に広がります。

藤森さんによると、「ルールを知ることで着物に精神性がこもる」とのこと。
近年は洋服でも“抜け感”がキーワードになり、少し”着崩した”着こなしがオシャレとされています。ですが着物は洋服とは異なり「基本」ができていないと、”着崩す”のではなく“着崩れて”しまうそうです。

それでは、どうすれば垢抜けられるのかー
藤森さんに聞いてみました。

「着物以前に、下着と補正で違ってきます。ヘアスタイルも重要。カジュアルな着物にはラフなヘアスタイルを合わせてもいいのですが、やはり礼装には櫛目の通った髪型の方が適しています。年齢を重ねると、髪にはボリューム感を出す方が良い。自分の顔の形や雰囲気に何が合うのか。プロの方に相談するのもひとつの手だと思います」

下着も着物もヘアスタイルも、自分に合ったものを。
そして、何度も着物を身につける中で少しずつ感覚をつかんでいくことが大切なのです。

「ただ良いお着物を着ればいいというわけではありません。着物に“着られる”のではなく、着物を“着こなす”ことが大事だと思っています」。

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