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映画『紅花の守人』 妖しき紅に魅せられ、守り継ぐ人々の奇跡のものがたり

映画『紅花の守人』 妖しき紅に魅せられ、守り継ぐ人々の奇跡のものがたり

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紅花の文化を守り継ぐ人々の姿を、種のひと粒から栽培、収穫、寒染めで美しい反物になるまで4年もの歳月をかけて記録した長編ドキュメンタリー映画『紅花の守人 いのちを染める』が、現在日本各地のミニシアターで上映されています。紅花染の文化を未来に守り継ぐ人々の物語が誘う、美しき色彩巡礼の旅を紹介します。

紅花の文化を守り継ぐ人々の姿を、種のひと粒から栽培、収穫、寒染めで美しい反物になるまで4年もの歳月をかけて記録した長編ドキュメンタリー映画『紅花の守人 いのちを染める』が、現在日本各地のミニシアターで上映されています。

ナレーションは高畑勲監督の『おもひでぽろぽろ』で、紅花農家に手伝いにいくタエ子の声を担当した今井美樹。

監督は「世界一と言われた映画館」など、山形を舞台に数々の映像作品を発表している佐藤広一。

化学染料の台頭で途絶えかけた紅花、紅花染の文化を未来に守り継ぐ人々の物語。

『紅花の守人 いのちを染める』が誘う、美しき色彩巡礼の旅を紹介します。

“はで娘 江戸の下から 京を見せ”

江戸時代の川柳が21文字で描き出すのは、江戸紫の着物の下から京紅の長襦袢をのぞかせた、江戸娘の洒落姿。

はで娘 江戸の下から 京を見せ

想像するのは、艶っぽい浮世絵世界の今様美人でしょうか。

江戸紫も京紅も、東西の高級品。誇らしそうにそれらを身につける、江戸時代のファッションリーダーの姿が目に浮かぶようです。

一斤染、桃色、中紅、韓紅など、濃淡によってさまざまに名前が変わる、美しい紅花染

一斤染、桃色、中紅、韓紅など、濃淡によってさまざまに名前が変わる、美しい紅花染

京紅とは、紅花(べにばな)から採った染料で染めたもの、またはその色のこと。絹だけでなく木綿や和紙なども染められ、口紅としても使われました。特に上質のものは京都で精製されたため「京紅」「艶紅」と呼ばれます。

もっと時代を遡れば、奈良時代の万葉集にも、紅の衣を詠む歌がたくさんあります。

紅の八しほの衣、朝な朝な、馴れはすれども、いやめづらしも

八しほ(八塩)とは、八回も、つまり何度も何度も染め重ねた濃い色を指すようですが、平安時代になると、それほど手間のかかる紅花染の濃染は高価すぎるがゆえに禁制に。それでも貴族がこぞって愛好した、高位と富のしるしであったことが、さまざまな歌や文献に記されています。

山形から京都へ。紅花の長い旅

物語の始まりは、最上紅花の産地、山形から。

〽 千歳山からナァー 紅花(こうか)の種蒔いたヨー(トシャンシャン) 
 それで山形 花だらけ(サァーサァツマシャレ ツマシャレ)

映画『紅花の守人 いのちを染める』は、朝倉さやさんが力強く唄う山形民謡『紅花摘み唄』で幕を開けます。

スクリーンには、満開の紅花畑で、素手で一つひとつ花を摘んでいくベテラン紅花栽培農家・片桐いささんの姿。

満開の紅花畑で、素手で一つひとつ花を摘んでいく山形のベテラン紅花栽培農家・片桐いささん。

満開の紅花畑で、素手で一つひとつ花を摘んでいく山形のベテラン紅花栽培農家・片桐いささん

最上川の肥沃な土壌と朝霧の立ちやすい気候を味方につけた最上紅花は、江戸時代後期の最盛期には全国の生産量の約半数を占めていたと記録されています。紅餅を乗せた馬一駄(馬一頭に背負わせる荷物の量)で米が百俵買える、「米の百倍、 金の十倍」と謳われた大変な高級品でした。当時の長距離輸送手段「北前船」で紅餅を京の都に運び、食料や生活用品に替えて山形に戻るのです。

ところが、大東亜戦争が始まると、食料増産のために政府が生産を禁じたり、それでも密かに細々と作り続けていた貴重な種があるときすっかりネズミに食べられてしまい、県内から種が消滅してしまったという危機があったといいます。

「天童の民家の囲炉裏の上に保存されていた種が奇跡的に見つかって、2升分ほどの種を分けていただいたそうです。その中の3本の芽が出て、2本花が咲いて。戦後の紅花づくりは、そこから始まったと聞いています」

紅花の手摘みがどれほど大変なことか、映画の中で次第に明かされていく。

紅花の手摘みがどれほど大変なことか、映画の中で次第に明かされていく

今に伝わる貴重な話を聞かせてくださるのは、紅花農家の長瀬正美さん・ひろこさん夫妻。

彼らこそが、現代も40年にわたり日々紅花栽培に向き合い、世界で初めてとなる「紅花の映画を作ってほしい」と願った紅花の守人(もりびと)です。

黄色い花の中の、たった1%の紅色

長瀬さんが4月に蒔いた種が芽吹き、順調に育っていよいよ夏の到来。花摘みの季節が迫ります。

「夏至から11日目、7月2日ごろを半夏生(はんげしょう)というんですね。この頃に一番花が咲くので、”半夏一つ咲き”といわれます」

春に種を撒き、夏に収穫される山形の紅花。

春に種を撒き、夏に収穫される山形の紅花

「はんげひとつざき」

思わず、復唱してしまいました。なんてすてきな響き、すてきなことばでしょう。

映画の中では、長瀬さんが昔ながらの方法で、摘んだ花びらを「紅餅」にしていきます。収穫後、水でよく揉んで洗って、黄色い色素を取り除き、発酵を促すと、花びらの中に含まれた紅が現れるのです。

昔ながらの手法で紅餅をつくる、紅花農家の長瀬正美さん・ひろこさん夫妻。

昔ながらの手法で紅餅をつくる、紅花農家の長瀬正美さん・ひろこさん夫妻

完全に発酵した花びらは、手で丸めて潰してせんべい状にして乾燥させます。これが、染料に使われる「紅餅」。

これを一つひとつ筵(むしろ)の上に並べながら、「こうやっておくとね、道ゆく人が通りすがりにうまい具合にひっくり返してくれるんですよ」という、昔の人の遊び心に溢れた小さな仕掛けも披露されています。

染料になる紅餅をつくる青木さん。完全に発酵した花びらは、手で丸めて潰してせんべい状にして乾燥させます。

染料になる紅餅をつくる青木さん。完全に発酵した花びらは、手で丸めて潰してせんべい状にして乾燥させる

驚かされたのは、こうして手間ひまを惜しまず栽培された紅花の花弁から取れる紅の色素が、たったの1パーセントしかないということ。

しかも、映像の中で長瀬さんが見せてくださるように、人の手と、水と太陽の力だけを借りてその紅を出現させるとは、まるで魔法のごとし。今も昔も紅花の紅が奇跡と呼ばれる理由、そして、いかに貴重なものかがわかります。

江戸時代の「紅花絵巻」にも描かれる紅花づくり。

江戸時代の「紅花絵巻」にも描かれる紅花づくり

触れたら火傷しそうな、じゃじゃ馬娘

この映画には、長瀬正美さん・ひろこさん以外にも、たくさんの紅花の守人が登場します。栽培農家さんだけではなく、コーヒーショップの店主や紅花料理のインストラクター、大阪・住吉大社の権禰宜さん、出羽小学校の子供たち、そして俳人の黛まどかさん……。

その中で、鮮烈な紅に魅了されて「染める人」として登場するのは、山形・米沢「紅花染め新田」の新田克比古さん・翠さん、そして京都の染色家・青木正明さん(tezomeya店主)です。

「古来より紅の色には、それぞれの色名がついており、淡い色から 桜色、一斤染、桃色、中紅、韓紅、濃紅と、紅の色には限りがありません」(新田克比古さん)

濃淡で染め分けられ、それぞれに名前がある紅花染。

濃淡で染め分けられ、それぞれに名前がある紅花染

雪深い米沢の地でも、いちばん冷え込む「小寒」の季節を待って、紅花の仕込みが始まります。

寒さが厳しければ厳しいほど、紅花が冴えた美しい色に染まるのだとか。

気が遠くなるほどの時間をかけてていねいに、何度も何度もくりかえし、いちばん寒い季節のいちばん冷たい水を使って紅の色を染めあげていきます。

山形・米沢「紅花染め新田」の新田克比古さん。

山形・米沢「紅花染め新田」の新田克比古さん

一方、

「合成染料で単一色素を作ることができなかった19世紀以前の世界の人々はみな、この紅色(くれない)に恋をした」

というのは、京都の染色家・青木正明さん。

「この子は特別。他の染料では絶対に得ることができない妖しき紅なんです。触ったら火傷しそうな色」

ところがその特別な紅は高貴で繊細で、さらになかなかに気難しい。青木さんは、そんな紅花のことを容姿の美しいおてんば娘にたとえて「じゃじゃ馬な美女」と表現します。

紅花を「あの子」と呼ぶ、京都の染色家・青木正明さん(tezomeya店主)

紅花を「あの子」と呼ぶ、京都の染色家・青木正明さん(tezomeya店主)

紅花の守人たちが織りなす奇跡の物語

山形、大阪、京都を経て、紅花を巡る旅は奈良・月ヶ瀬へ。

天然の紅花染めに欠かせない媒染剤として利用される「烏梅(うばい)」をつくる中西喜久さん・謙介さん親子を訪ねます。

彼らもまた、烏梅生産の最後の守人。

完熟して落下した梅の実に煤をまぶして、60〜70度で24時間燻し焼きにする伝統製法を今も守り続けています。最盛期は、この月ヶ瀬だけで400もの烏梅農家があったといわれていますが、今は中西親子だけ。

奈良の月ヶ瀬で「烏梅(うばい)」をつくる、中西喜久さん・謙介さん親子

奈良の月ヶ瀬で「烏梅(うばい)」をつくる、中西喜久さん・謙介さん親子

「生涯ここで暮らすなら、烏梅を忘れるな。売れても売れなくても梅を焼け」

烏梅職人10代目の謙介さんが大切に語る、先祖からの言い伝えがグッと心に突き刺さりました。

佐藤広一監督(左)、髙橋卓也プロデューサー(右)

佐藤広一監督(左)、髙橋卓也プロデューサー(右)

紅花をめぐる物語の旅の終わり、エンドロールに延々と続くのは、山形県内外の数百名を超えるサポーター「市民プロデューサー」の名前。クラウドファンディングによって、劇場公開を応援したサポーターもいます。

彼らもまた、れっきとした現代の紅花の守人たち。

生産性が高く、効率性が良いものが時代のニーズを満たすという考えが先行している現代社会。紅花のように生産量も少ない農作物は、生産者だけでは守っていくことができません。そんな当たり前のことを、この映画から教わった気がします。

『紅花の守人』は、あやしき紅に魅せられた紅花の守人たちが織りなす奇跡の物語。

映画を見終わった後の私たちもまた、市井の守人のひとりとして、紅花を語り、紅花を訪ね、そして紅花染の着物を手にし、身にまとって、神秘の文化を更なる未来に繋いでいけますように。

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