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水と空気以外はなんでも組む。 龍工房 福田隆太さん

水と空気以外はなんでも組む。 龍工房 福田隆太さん

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1400年もの歴史をもつ組紐の技を受け継ぎ、新しい可能性を切り拓く活動もしている福田隆太さん。職人の枠を超えたクリエイターとして、国内外トップレベルのアーティストやブランドとの仕事を次々と実現させています。力強く次の時代へと踏み出す29歳の隆太さんに、伝統産業の今と未来をうかがいます。

2019年11月末、東京・二子玉川で開催された「華ときもの祭」。 江戸組紐の老舗・「龍工房」より3代目・福田隆太氏をお迎えし、組紐制作の実演も交えたトークショーを開催いたしました。当日の模様とともにお届けします。

「組紐」の次世代を担う青年の素顔

ここは花のお江戸の中心地として栄えた日本橋・人形町。創業数百年の老舗が数多く軒を構える、下町情緒あふれる街です。

「お待たせしてすみません」——近隣での展示会の合間を縫って、インタビューのために工房に戻ってきてくださった福田隆太さん。

龍工房 福田隆太さん 店頭

NIKEのウェアを羽織ったそのいでたちは、1400年もの歴史をもつ伝統産業の担い手、というよりは、六本木で出会いそうな“やんちゃなお兄さん”といったところ。

龍工房は1963年に日本橋で創業。

それ以前から130余年にもわたり、組紐づくりの技術を受け継いできました。現在は現代の名工・福田隆さん、そしてその息子の隆太さんとで営んでいます。

龍工房の文字
組み台

組紐を組む丸台。組み玉を交互に繰り、一つひとつ丁寧に組み上げていきます。

目的に合った糸づくりに始まり、染色、デザイン・組みまでを一貫して行う、都内では唯一の工房。そのものづくりへの信頼は厚く、皇族をはじめ、歌舞伎界や茶道界などでも愛用されています。

色とりどりの組紐

帯締めなど本業の和装小物に加え、5年ほど前より、隆太さんを中心に「新しい領域」での商品開発に取り組み始めています。

紐=道具としての”機能性”と、何十本もの糸が織りなす緻密かつ繊細な”美しさ”。

そこに隆太さんの斬新なアイデアが掛け合わされた新たな組紐の世界は、海外でもトップレベルのブランドやアーティストに注目され、さまざまなコラボレーションが生まれています。直近では、未来へと駆けぬける方々をフィーチャーするBMW提供のTV番組『Go NEXT』にも出演されました。

着物メディアである「きものと」ですが、今回、隆太さんには「ぜひふだんの格好で」とお願いしていました。伝統産業の中心地にいながら、軽やかに、でも力強く次の時代へと踏み出している29歳の青年の、等身大の姿を知っていただきたいと思ったのです。

福田隆太さん 01
福田隆太さん 02

お話してみるととても物腰柔らかで、しばしばニコッと人懐こい笑顔を見せてくださる隆太さん。どんな思いで新たな挑戦を始めたのか、うかがっていきます。

「用の美」を活かして新しい世界観を

隆太さんが開発に携わってきた商品は、ブレスレットにステーショナリー、傘、マスクバンドにストラップなど、どれも組紐の伝統的な技術を活かした、それでいて時にユニークなものばかり。

そのひとつに、キヤノンマーケティングジャパンと共同で開発した、『東京くみひもカメラストラップ』があります。

CANON カメラストラップ
『東京くみひもカメラストラップ』

それとなくマスクにつながるのは、組紐を使ったマスクバンド。身近な暮らしに組紐のお洒落を取り入れられるアイテムです。

「単なるサプライヤーになるのではなく、ダブルネームでのコラボレーションが実現できるよう取り組んでいます」

組紐の可能性を広げるとともに、商品をきっかけに龍工房を知っていただきたいという思いがベースにあるといいます。

マスクバンド
この日は自社のマスクバンドをつけて

コラボのきっかけは、隆太さんが見本市や展示会に参加したり、海外でデモンストレーションに回ったりしているうちに出会った仲間たち。和装の世界だけでなく、インテリアや建築、デザインなど、さまざまな分野から集まっています。

「毎年40人、50人と出会っていくうち、5年経てば200人にもなります。僕は“ファミリー”って呼んでるんですけれど、そういう仲間の輪が広がっていって、何かとご縁を頂戴するようになりました。『ちょっと龍工房の隆太くんに聞いてみようか』なんて、気軽に始まった話ばかりなんですよ」

隆太さんがつくり出す組紐の世界は、日常の道具だけにとどまりません。

2019年にはラグビーワールドカップの組紐メダルテープや参加記念敷布製作を担当。

2019年ラグビーワールドカップの組紐メダルテープ
ラグビーワールドカップ2019の組紐メダルテープ

さらに2020年・2021年にはフランスの老舗メゾンの依頼で店舗ディスプレイ「組紐のカーテン・ウインドウディスプレイ」を作製。

2021年には、レディー・ガガ愛用のヒールレスシューズをデザインした現代美術家・舘鼻則孝氏とのコラボレーション『KUMIHIMO Heel-less Shoes』を発表。

イギリス・ヴィクトリア・アルバート美術館への収蔵も決まっています。

『KUMIHIMO Heel-less Shoes』
©️NORITAKA TATEHANA
©️GION

国内ばかりでなくグローバルで、また、異分野であるファッションやアートのトップレベルの方々が取り入れたいと惹かれる組紐の魅力はどんなところにあるのでしょうか。

「ひとことでいえば『用の美』でしょうか。機能性の用と、工芸としての美。

組紐はほどよく伸びて、のちに縮むという伸縮性にすぐれているんです。だから結びやすく、ほどけにくい。

柄も豊富で、受け継がれている組み柄だけでも掛け合わせると300種類以上あります。キヤノンさんのカメラストラップをつくったときに参考にしたのは、聖徳太子の束帯。広幅の組紐の一間安田組をアレンジして、僕なりに斜格子一間組という新しい組み方をつくりました。

表現の幅は無限にあるんです。そういったところを、いろんな作品から感じ取っていただけたらなと」

組紐

そして、幼い頃から和の伝統美に囲まれ、江戸前の粋を教わりながら育ってきた一方で、最先端のファッションシーンもこよなく愛する隆太さんの、その感性の融合もまた、コラボレーションに活かされているのは間違いありません。

「『KUMIHIMO Heel-less Shoes』のデザインに取り入れた『結び』は好きなブランドのスタッズに着想を得ていますし、イタリアのラグジュアリーブランドの革製品から思いついて革の組紐をつくったりもしています。

今でこそ伝統工芸とされていますけど、もともとは組紐ってふだんの生活で使う日用品がスタートで。それが時代を経ても残り続けてきたのは、鎌倉時代なら武具の一部、安土桃山時代なら茶道具の飾り紐というように、その時々で最先端、“一番かっちょいいもの”をつくってきたからこそだと思うんですよね。

だから自分も、ものづくりするときには一番かっこいいと思えるものをつくるって決めてます。

……なんて、自分で言っちゃうと野暮なんですけどね(笑)」

ちょっと照れ隠しのように笑う隆太さん。でも、受け継いできた伝統に最先端の美を取り入れて、自分だけの表現をつくり出そうとする矜持がうかがえます。

江戸前の粋を伝える羽織紐。女性の着物も気になるのは帯締め!

福田隆太さま立ち姿

隆太さんが本格的に組紐の職人としてキャリアをスタートさせたのは6年前、大学生のころ。この世界に入る前は、ふだんに着物を着ることはなかったといいますが、おじい様やお父様から少しずつ譲り受けるようになりました。

羽裏にほどこされた絞りの龍

今日お召しの羽織も、おじい様のもの。羽裏には社名にちなんだ龍の姿が絞りで染められています。
絞りで龍の造型を表現するのは難易度の高い技術ですが、それをさりげなく羽裏にあしらう”裏勝り”。男性ならではのお洒落ですね。

また、腕につけた組紐ブレスレットがよく見えるように「右袖だけ短く仕立ててもらっている」という驚きの工夫も。

隆太さんならではの、枠にとらわれない発想です。

ブレスレット

そして、ポイントはなんといっても羽織紐。

「これは生成りと墨色の糸で組んだ羽織紐です。直付けといって、羽織の乳(ち)の部分に直接つけて、結ぶ。噺家さんなんかが高座に上がった際に、さっと脱ぎ着できるように、自分で結んだりほどいたりするんです。この羽織の房の部分を短くするのが、江戸前の粋になるんですよ」

仕事柄「和装で」と求められることが多いと思いますが、隆太さんご自身は、和装業界以外の方と会うときにこそ、着物で臨むようにしているといいます。

組紐を掲げる福田隆太さま

「真っ黒は使わないで墨色を使う、とか、羽織紐の房の量を少しにしてさっと立つようにする、とかということを、僕は歌舞伎役者さんや噺家さんに教えてもらいました。江戸前な色や型というものを、できる限り身をもって表現していきたい。

これまで和装とはリンクしてこなかったような業界の方に、着物や、自分たちの主軸である組紐で”江戸前の粋”を伝えていきたいと思っています」

帯が見当たらずさっと帯締めを腰に結ぶ
撮影中、さっと近くの帯締めを結んでいた

着物姿の女性を見かけても、どれほど上質な着物をお召しであろうと「やっぱり気になるのは帯締め」なのだそう。

「組紐屋ならではの職業病なんですけどね。車一台買えるくらいのすばらしい着物や帯のコーディネートに、帯締めが『たまたまもらったんだけど』なんていうちょっとお安い代物だったりすると……それはそれでももちろんOKなんですが、うちの貝の口の『浮舟』で合わせてもらえたら、もっと着姿の魅力を引き出せるのに……なんて思うことがたまにあります」

上級者の方になると、いい帯締めを一本選んで、そこから逆算して帯、着物とコーディネートを決めていく楽しみ方をされている方もいらっしゃるとか。

「帯締めと帯揚げを手に取っていただいている身としては、『帯締めから逆算してコーディネート決めるのよ』なんて言っていただけると、ああ、この人は小物にまでこだわってくれるんだなって思って、素直にうれしいですね」

笑顔の福田隆太さま

着物姿の中央部に配される帯締めは、コーディネートの要になります。また着物や帯よりも値が張らず、比較的気軽に手に取ることができるもの。

隆太さんの観点をヒントに、お気に入りの帯締めを選んで、それを起点にコーディネートを考えるのも楽しそうです。

ゆくゆくは帯締め、和装の世界に戻ってきていただくために

ここで、隆太さんのお父様である社長の福田隆さんも顔を出してくださいました。隆太さんがご自身では語らないエピソードを聞かせてくださいます。

福田さん親子

「隆太は、組紐はじめたのは大学からなんて言いますけど、ほんとは『じいちゃんの後を継ぐんだ』って、ずっと小さい頃から言ってました。

小学2年生のときに初めてパソコンを触って、そのときつくった名刺に『龍工房代表取締役 福田隆太』と書いたんです。8年前に亡くなったじいちゃんは、その名刺を亡くなる直前まで名刺入れに1枚だけ入れていたんですよ。

中学時代からいろいろと下ごしらえから始めてましたから、実はこうみえて10数年プレーヤーなんです」

残念ながら、おじいさまが隆太さんと並んで紐を組む機会はありませんでした。

「じいちゃん、隆太がレディー・ガガさんのシューズや、ワールドカップのメダルテープを作製したなんて知ったら、腰抜かすでしょうね」と、隆さんは笑います。

福田さん親子

今、隆太さんが注力している割合としては、新規事業80%・従来の帯締め等の和装小物20%くらい。もちろん組紐の作業は変わらず担っており、日中に企画などで動き回って帰ってきてから、夜に組む時間を確保しているそうです。

「龍工房として、たくさん刺激的な仕事をさせていただいています。でも帯締めや羽織紐に代わる、新しい柱になっていくような商品をつくることはやっぱり簡単ではない。今隆太がやっていることは、ゆくゆくはみなさまに本業の和装に戻ってきていただくための、ある意味PR活動の意味合いもあります。
『英・V&A美術館とやってる龍工房?どれどれ』と、まずは興味をもっていただけるようになればと取り組んでいます」

組紐を通じて、人と関わっていく

福田隆太さん スーツ姿

世界のトップクリエイターを相手に、伝統工芸の新たなステージを創出している隆太さん。
ご同輩の仲間たちからは頭ひとつ抜けた存在なのではないかと想像しますが、意外にも「友だちと仕事の話はしない」といいます。

「自慢話みたいで。友だちとはふざけた話しかしないんですよ。
僕の周りは、どちらかというとIT、広告の仕事をしているのが多いです。その中であえて伝統工芸を仕事として選んだのには、その業界の中のトップレベルのところで、持てる技術を使って自分を表現していきたいという思いがあるからです」

現代の伝統産業を担う若手に、自慢話みたいで…、と言える者が何人いるでしょうか。

「いつも『水と空気以外、なんでも組む』って言うんですよ。自分を表現するためだったら何でもできるよねって。

新規事業の打ち合わせのときにも『隆太さん、たとえばこんなんできます?』って聞かれることが多いんですけれど、『できないことはないんで、何でも言ってください』って答えられるように頑張っています」

「まだまだ勉強中です」と謙虚に微笑みながらも、隆太さんの力強い目には、これからの組紐業、そして和装業界全体を受け継ぎ、発展させていこうという気概が見えます。

お父様がしっかり現役で、古典的な組紐の製作をしている分、隆太さんはもっと新しい場で動いていかねば、と思いを強くされているよう。

福田隆太さまの横顔

「僕の野望は、家族、仲間を含めたファミリーがみんな幸せに暮らすこと。第2の母、第2の父もいるし、第2、第3、第4の兄もいる。師と仰げる方々、尊敬できる仲間と仕事ができることがなによりの幸せですね。仕事以上に、ライフワークとしてやらせていただいてます。

結ぶ、繋ぐ、絆、縁―

人との関わりを示す言葉には、全部”糸”が含まれてます。組紐が繋いでくれる創作活動をずっと続けていきながら、人と関わっていくこと。そこが、僕の人生の一番の目的、目標なんだって、そんなふうに考えています。」

構成・文/伊藤宏子
撮影/脇屋 徳尚

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