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憧れの花に「私」を描く。【日本画家 定家亜由子さん】(後編)「着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト」vol.6

憧れの花に「私」を描く。【日本画家 定家亜由子さん】(後編)「着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト」vol.6

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“着物ひろこ”こと長谷川普子さんが会いたいと切望した日本画家・定家亜由子さんとの対談後編。日本画を始めたきっかけ、モチーフとなる自然への想い、アトリエを構える京都という土地の力など、語りはより深いところへと向かいました。

2025.05.31

よみもの

透明感あふれる白の世界。【日本画家 定家亜由子さん】(前編)「着物ひろこが会いに行く!憧れのキモノビト」vol.5

日本画家 定家亜由子さん

着物ひろこさんが抱いていた「白」のイメージ通りの和服で、お気に入りの「ごりょうさん」(上御霊神社)を案内してくださった対談前編。

続く後編では、興味が尽きないひろこさんが、亜由子さんに次々と質問を投げかけます。

亜由子さんプロフィール画像

定家亜由子

1982年滋賀県生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。

自然をこよなく愛し、草花や虫といったモチーフを伝統的な技法で描く。

数々の展覧会で作品を発表し、メディア出演も多数。著書に、画文集『美しいものを、美しく 定家亜由子が描く日本画の世界』(2018年/淡交社刊)。

年1回の大掛かりな展覧会を終え、早くも2026年4~5月に京都で開催される「定家亜由子日本画展 お茶の時間のものがたり」に向けての準備が始まっている日本画家・定家亜由子さん。

2018年には画文集を上梓し、2022年から「花をえがく 日本画家 定家亜由子の京の花便り」を連載するなど、日本画の魅力と自然の美しさについても発信しています。

松の木の前で

「なんて立派な!」とひろこさんが目を見開いたクロマツの前で

新緑を揺らす爽やかな風を届けてくれるような涼やかな装いに注目した前編から一変、今回は「若き日本画家・定家亜由子」の解体新書のごとき

亜由子さんが日本画に出合い、絵を生業とする道を進み、日本画家として描き続ける日々を送る現在に至るまで、どんなことを感じ、考えてきたのか――

ひろこさんが、紐解いていきます。

初個展が愉しくて、画家の道へ

スケッチを見ながら語り合うふたり

着物ひろこ(以下、ひろこ):実は私、美大を受験して落ちた経験があるんです。一度ダメだっただけで諦める程度の目標でしたけどね。

定家亜由子(以下、亜由子):そうなんですか?! 私も一浪していますよ(苦笑)

現役のときはデザインで受験して、その後日本画に出合って進路変更しました。当初、美大を受けるものの、卒業後の進路としては就職を考えていたんです。呉服関係やジュエリーといった会社に進路を決めた先輩もいたので。

ただ就職氷河期ということもあってなかなか厳しい状況で、一応教職過程も履修しつつ、大学院へ進みました。日本画の世界は本当に奥深くて、学べば学ぶほど沼にハマっていくんですよね……

ひろこ:知れば知るほど“沼っていく”のは、着物も同じですね(笑)。そこからどんなきっかけで日本画家を目指すことになるのでしょう?

興味津々なひろこさん

亜由子:大学院時代に初めて個展を開いたときですね。大変だけどやろう!って決断できたのは。

ひろこ:売上が良かった、とか?(笑)

亜由子:全然!アルバイトしながら制作の毎日でした。けど、会期中、いろんな人との出会いがあって、ご縁が繋がって。本当に愉しかったんです。それだけで、やれるかもって。

亜由子さん

一切の遠慮なく向き合って描きたい

ひろこ:そこから、あっという間に人気画家さんに!

私の夫は現代アーティストで、お札をモチーフに作品づくりをしているけれど、世に出るってご縁や運やタイミングといったものの力も無視できなくて、大変だな……と実感しています。

亜由子さんは高野山の寺院に襖絵を奉納されたり、上御霊神社さんの御朱印の絵を描かれたりしてますよね?日本画家という職業としては、やっぱり神社との関わりも深いものなのかしら。

亜由子:実は、私の母はクリスチャンなので……物心ついた頃から初詣に行く習慣がなかったんです。幼い頃は、敬虔な祖父母の影響もあって宗教画やモネなどの西洋絵画に惹かれていましたが、私自身の生活や感覚とはどこか遠い存在だなと感じていました。それが、日本画の世界にふれてみると、驚くほど自分の身体に馴染みました。

日本料理と同じように、自然を崇拝する心が信仰というよりも生活の一部としてするりと私の中に入ってきた感覚でした。

ひろこ:生活と文化が一体となる感じ、なんだか分かるような気がします。

亜由子:ちなみに御朱印に関しては、そのつもりで描いたものではないんです。ごりょうさんの境内に聳える立派なイチョウの木に惹かれて、写生をさせていただいたお礼として奉納したら、「御朱印つくりました~!」って(笑)

御朱印絵とスケッチ

亜由子さんの作品があしらわれた上御霊神社の御朱印は、ぜひ現地にて

自画像とは花に見る己を描くこと

ひろこ:亜由子さんは、写真を一切使わずに写生をもとに作品を描くって本当ですか?

亜由子:そうなんです。写生が大好きで。お決まりの道具セットを携えて、汚れてもいい格好でいつも土にまみれながら描いています。

スケッチ画

ひろこ:モチーフは草花が多いですが、人物画は描かない?

亜由子:ご依頼があれば描くこともありますが……

私にとって「描く」という行為は、対象と同じであれるか、対象に溶け込めるかが肝心なんです。描く限りはその対象に入り込みたい。そのためには、自分も裸になって描く必要があります。

心をオープンにして接するとなると、踏み込みすぎることもあれば、時に攻撃的にもなることも。その点、花に対しては、私自身も裸になって、とことん向き合えるんだと思います。

作品

ひろこ:古今東西、有名無名に関係なく絵描きって自画像を描くものだと思ってたけど、亜由子さんは自画像も描かないのかしら?

亜由子:花を描きながら、自画像かもしれないと思う時があります。憧れている花に自分自身を投影しているというか。

描いていると、花と自分の境界線がなくなる……花と自分が重なるような感覚になるときがあります。それって意識の自画像みたいなものだと思うんです。

ひろこ:それはユニークな考え方ですね。亜由子さんの作品から受ける印象と今日お会いしておしゃべりしている亜由子さんの雰囲気が似ているのはそういう感覚をおもちだからかもしれませんね。

亜由子さんが、美しい絵には良い香りがあるって書いてらっしゃったのも印象的でした。たしかに、亜由子さんの作品からは良い香りや風を感じる気がします。

楽しそうなひろこさん

亜由子:ありがとうございます。自然のフォルムを通して、風や光、あたたかさを描けたらいいなぁ。

抽象画でそういったことを表現する人もたくさんいらっしゃいますが、あえて草花や虫といった具体的なモチーフで匂いや温度を伝えられたら、という想いで描いています。

京都という学びの場から得る気づき

ひろこ:こうして身を置いていると、あらためて亜由子さんのアトリエには居心地の良い空気が充ちているなと感じます。

アトリエ

亜由子:雑然としているときの方が多いのですが、いまはけっこうすっきりしていて……お写真を撮っていただくには面白味に欠けるのではないかと心配してました(苦笑)

ひろこ:この場所にアトリエを構えたのはなぜですか?

亜由子:これもまたご縁で。狙ったわけではないんです。徒歩圏内にごりょうさんや下鴨さん(下鴨神社)があって、さらにごりょうさんへの道すがらには杜若とゆかりのある尾形光琳宅蹟もあるなど、住んでみて知りました。

尾形光琳宅蹟石碑

国宝「燕子花図」で知られる尾形光琳の屋敷跡。上御霊神社から北へ50mほど歩いたところに石碑が立つ。きっと彼も、ごりょうさんの外堀に群生していたと伝わる杜若を愛でたに違いない

ひろこ:写生スポットやアートにゆかりある場所が身近に点在しているのは、京都ならではかもしれませんね。

亜由子:そう思います。私は描くのと同じくらい芸術作品を見るのも大好きで、京都が学びの場になってから、芸術鑑賞は紙や布に描かれたものだけではなく、町中の至る所でまかなえることを体感しています。

お祭りの風景はもちろん、着物姿の人が佇んでいるだけで画になる……人々の息遣いや自然の息吹を肌で感じられるのは、京都という土地の魅力だと思います。

アザミの絵

故郷でスケッチしたアザミの群生画。亜由子さん曰く、「単体でももちろん美しいですが、切り花よりは里山などの自然の風景の中にある草花に惹かれます」

ひろこ:日常的な風景の美しさに惹かれるという意味では、亜由子さんの個展がギャラリーではなく百貨店で行われることにも通ずるものがありますか?

亜由子:百貨店の展示場は私と相性が良いと思います。薬缶や器も売っている場所にはアートを目的としない人が多く訪れて、なんなら子どもたちがはしゃいでいて、生活のものにあふれている……そういう空間で作品を観てもらうことに喜びを感じます。

ひろこ:何気なく足を踏み入れた場で亜由子さんの作品と出合えるって、なんて幸せなこと!

亜由子:意図せずご縁がつながっていく感じも、百貨店の展示空間に秘められた力ですね。日常の生活と地続きという感じが好きなんだと思います。

満面の笑みのおふたり

亜由子さんと過ごした2時間ほどで、さらに彼女のことが好きになりました。はんなりとした穏やかな雰囲気と、眩しいくらいの透明感をもちながら、その核たる部分には確固とした日本画家としての覚悟と矜持が垣間見られました。

いまから来年春に開催される個展への期待が高まっています。みなさまもぜひ、亜由子さんの作品をその目で直にご覧になってみてくださいね!

着付け・ヘアセット/株式会社結喜 YUKI 西名由紀子
構成・文/椿屋
撮影/伊藤圭
撮影協力/御靈神社(上御霊神社)

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