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遊郭は江戸のセーフティネット? 「知ってた?べらぼうなお江戸話」vol.2

遊郭は江戸のセーフティネット? 「知ってた?べらぼうなお江戸話」vol.2

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生き残り競争に勝てなければのたれ死んでいくのが当たり前。”どう生きるか”なんて贅沢なことを、農民が考えられる環境にそもそもないんです。彼らの一生のテーマは、”どうにか死なないこと”。

まなぶ

メディア王・蔦屋重三郎の武器は、”今より半歩先のトレンド”!「知ってた?べらぼうなお江戸話」vol.1

まなぶ

源氏物語の女君がきものを着たなら

今回のテーマは「花魁」

きものと読者のみなさま、こんにちは。tomekkoです。

前回から始まった江戸時代の“べらぼう“な人物や文化にフォーカスするこのシリーズ。着ているものも文化も何もかも現代とは違う江戸時代ですが、経済の仕組みは時代を超えて通ずるところがありましたね。

今回は普遍的に人気・関心の大きい「花魁(おいらん)」に注目してみます。

その現実離れした世界観と闇を含む色香に惹かれ古くから戯曲や物語の題材にされてきましたが、近年妙にデリケートな扱いを受け、扱うだけで非難されたり極端に問題視されたりする空気が気になります。

この記事で、少しでもその偏ったイメージが払拭されフラットに歴史を見られるようになればと思います。

遊女ヒエラルキーのトップ『五代目瀬川』

さて、江戸時代には数多の遊女がいました。遊女を抱える女郎屋のナンバー1が「花魁」です。ただ現代の水商売の仕組みでも同じですが、地域によって、またその地域の中でも店の「格」がありますよね?

吉原は幕府のお墨付きをもらっている社交場であり、その中でも最高級店『松葉屋』が抱える花魁は吉原随一の遊女と言えるでしょう。

ドラマ前半でも大いに活躍した松葉屋の花魁『五代目瀬川』は、遊女ヒエラルキーのトップに君臨しただけでなく、破格の大金で身請けされるというシンデレラストーリーを現実にした伝説の遊女なのです。

知ってた?べらぼうなお江戸話1

彼女の来歴は詳しくはわかっていませんが、幼い頃に吉原の松葉屋の抱えになり、その恵まれた容姿、才覚、そして人柄により花魁になりました。

貧しさから売られてくる少女は星の数ほどいるなか、最高級店に選ばれている時点で、幼い頃からかなりのポテンシャルがあったに違いないのですが(顔立ち以前にそもそも貧困層の子どもの肌や歯が整っていることが珍しい)、厳しい楼主たちからの教育、えげつのない”女の戦い”に勝ち抜けるだけの賢さ、気の強さ、コミュ力など……すべてにおいて抜きん出た能力と努力のできる人だったのでしょうね。

農民の一生のテーマは”どうにか死なないこと”

ところで『瀬川』という名は松葉屋に伝わる大名跡。花魁の中でも限られた名妓しか襲名できない名でした。

瀬川は九代までおり、初代、四代、五代が特に逸話が多く伝説的になっています。

知ってた?べらぼうなお江戸話2

当時幕府の庇護の元莫大な富を得ていた盲人、鳥山検校とりやまけんぎょうに1400両(現在価値で1億8千万!)で身請けされた瀬川はまさに遊女たちの羨望の的となり、苦しい仕事に夢を与える存在だったことでしょう。

と、簡単にまとめると四方八方から怒られそうですね。

「性産業を美談にするな!売春を擁護するつもりか!」
「華やかで綺麗な部分だけを強調するな!一握りの成功者の陰で性病や暴力で苦しんだ女郎がどれだけいるか」
「自分から好きで身を売りたい女性はいない。アイドルや芸能人のように軽く考えるべきではない」

……これらの批判の多くは、輝かしい一点だけに目を向けるのは危険という論調なのですが、実はむしろ視野の狭さを示しているように思えます……

確かに遊女の多くは地方の寒村で飢えに苦しむ家庭から売られてきます。

が。

そもそも人身売買……いや庶民の命、なかでも女子どもの命の重さが現在とは全く違うことを認識しなければこの話は始められません。

人権?生活保護?

私たちが当たり前に享受している暮らしや命を守る最低限の社会保障も法律も、まだ整っていない時代です。天候によって簡単に左右される命の危機、その生き残り競争に勝てなければのたれ死んでいくのが当たり前。

”どう生きるか”

なんて贅沢なことを、農民が考えられる環境にそもそもないんです。彼らの一生のテーマは、

”どうにか死なないこと”

なんですよ。

2025.07.07

よみもの

『大吉原展』 東京藝術大学大学美術館 「きものでミュージアム」vol.33

遊郭はある意味”セーフティネット”

そんななか、売られた少女たちは(残酷ですが)その資質によって値段がつけられ各廓に引き取られ、まずここで一命を取り留めます。少なくとも楼主も、店の名に傷がつかないよう清潔な衣服と生き延びるだけの食事は与えるからです。

信じられないかもしれませんが、遊郭はある意味”セーフティネット”なんですね。そこから客の前に出るための教育がなされます。

まだ幼いのに姉女郎の身の回りの雑用をさせられたり、深夜まで酒の席に同席させられたり、何なら姉女郎の仕事を見せられたりする……現代の児童保護の価値観からは考えられない愚行であっても、この時代においては、どうにかこの子たちが死なずにすむ方法のひとつなのです。

知ってた?べらぼうなお江戸話3

瀬川の代表的な肖像は本を読む姿が印象的ですが、彼女のように隙間時間に本を読んだり絵を見たり……は遊女になった全ての少女がありつける余暇とは言えません。

読み書きや楽器、踊りなどの習い事をさせてもらえるのはある程度の格式のある楼閣に限られ、低価格店では本当に身を売る以外のことを教えられないでしょう。

それでも文字の読める客や姉女郎たちが読んでくれたり、おこぼれに預かったり、流行り物を知ってワクワクすることはできました。

では一方、売られずに残された姉妹は幸せになれたのでしょうか?

売られた子の身代金で当座の飢えは凌げても、お金持ちになれるわけではないんです。

不特定多数の男性に身を売る借金地獄は免れても、村の中で望まぬ歳も大きく離れた相手と結婚させられ、姑にいびられながら家事・農作業・子育て全てを抱えこまされ自分のための余暇など無い生活をする人がほとんど。

なんなら当時の村文化を鑑みると夜這いの慣習など、女性が同意なく不特定多数の男性から性的サービスを強要されることも珍しくないので、結局どちらがマシかなんて比べる意味も無いのかも、とも思います。

当然ながら貧しい農村に最新流行の絵本は流通しません。仮に何年越しに江戸から本が流れてきたとしても購うお小遣いもありません。

美しい絵を見たり、物語の続編に心躍らせたりする可能性は限りなく低いわけです。

2025.07.06

まなぶ

美人画は当時のファッション雑誌!? 「浮世絵きほんのき!」vol.5(最終回)

煌びやかさと仄暗さを併せ持つ吉原

多くの場合、『ヨシワラ』というワードに反応し、後世の映画作品などで作られた狭く偏った世界観とそこに登場するわずかな女性たちの様子から江戸時代の遊女というものを判断し現代的価値観で『評価』してしまいますよね。

でも吉原を取り巻く範囲をグッと広げて江戸の生活事情を見ていくと、氷山の一角のように見えていない部分がたくさんあることに気づきます。

公的許可を得ていない宿場町の飯盛女はどうでしょう?

遊女候補からも落ちて下女になった少女たちの生活レベルは?

同様に遊郭の男衆として売られた少年たちは身を売らず幸せだったのでしょうか?

肉体労働要員として売られた少年は?

知ってた?べらぼうなお江戸話4

どこまで視野を広げるかでその立場の『評価』は全然違ってきますよね。

だからといって吉原が一番恵まれていたとか、一番マシだった、とはもちろん言えません。性暴力に苦しみ、借金に縛られた名もなき遊女が無数にいたのは事実。

でも、廓に所属できずに夜鷹(フリーランスの遊女)になって全てのリスクを負う者もいて。

下女は身を売らぬ分生産性が無いためわずかな食事でこき使われ一生「死なない」レベル。

遊郭の下男たちは汚れ仕事も多く性産業の真っ只中にいながら自身の恋愛は制限される「精神的去勢」状態。男の子だって性産業の方に売られる子もいれば、過酷な奴隷的労働に従事する場合もある。

もし売られる先を選べるとしたら、あなたならどれを選びますか?

だからこそ瀬川のようなシンデレラストーリーは遊女たちが「こんな可能性もなくは無いんだ」と希望の光を見出せたことでしょう。前回の蔦重は、その男性版・ビジネス版ですよね。

まなぶ

メディア王・蔦屋重三郎の武器は、”今より半歩先のトレンド”!「知ってた?べらぼうなお江戸話」vol.1

2025.05.19

よみもの

特別展『蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児』東京国立博物館 平成館 「きものでミュージアム」vol.47

もちろん本人の実力・ポテンシャルあった上での宝くじに当たるレベルの運ではあるけれどね。

現代だって生活のため「やむを得ず」望まない職業に就いている人も多いと思います。

性産業に限らずね。現代のような転職や独立なんて選択肢の無かった時代、どうにかわずかでもその道に希望の光を見出せたなら。

煌びやかさの裏に見え隠れする仄暗さこそが現代人を惹きつける吉原、そして花魁。

でも視野を広げてみればその暗さは遊郭だけのものではなく、江戸時代の庶民たちに総じて漂うものだったのかもしれませんね。

2025.08.02

よみもの

特別展『江戸☆大奥』東京国立博物館 「きものでミュージアム」vol.49

2025.06.29

まなぶ

徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー

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