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【対談】映画作家 河瀨直美さん × 能楽師 田中春奈さん ―世界平和のため、家内安全を願う。

【対談】映画作家 河瀨直美さん × 能楽師 田中春奈さん ―世界平和のため、家内安全を願う。

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東大寺塔頭宝珠院で行われた映画作家・河瀨直美監督のインタビュー取材。今回は、監督の友人でもある能楽師・田中春奈さんをお迎えして、「表現すること」について語り合っていただきました。

2025.01.02

インタビュー

「対話」を通して分断を超えたい― 映画作家 河瀨直美さん(前編)

能を介して知り得た監督の魅力

2ショット

この日、対談のため京都から駆けつけてくださった田中春奈さんは、京都と名古屋を拠点に、海外へも率先して能を周知しようと活動している女流能楽師。

「きものと」では、連載「気になるお能」でもお馴染みです。

2023.05.31

まなぶ

能楽のいろは ~女流能楽師・田中春奈さんに聞く~ 「気になるお能」vol.1

――おふたりの出逢いのきっかけは?

田中春奈さん(以下、田中):もともとは、共通の友人である女優・中村優子さんからの紹介でした。彼女の結婚式での席が近かったんです。

その後、お能を観にきてもらったり、私と優子さんの師匠である故・宇髙通成師を直美さんにご紹介したり。パリ公演でもお会いして、一緒にご飯を食べて少し親密になって。

さらには私のプライベートでの転換期に偶然、直美さんからご連絡をいただいて、その頃からいままで以上にご縁を感じるようになりました。2023年からは、奈良で定期的に季節を味わい、様々おしゃべりするような間柄として、仲良くさせていただいています。

――初対面の印象を覚えてますか?

田中:初対面では、世界のナオミカワセ、という印象が強く、素敵な女性だな、と思いました。初対面ではないですが、印象的だったのは、パリでお会いした時。等身大の直美さんに触れた、というか。

河瀨直美監督(以下、監督):2019年に映画『朝が来る』(2020年公開/キノフィルムズ)の編集のためにパリにいたときですね。能を取り入れた舞台公演があると聞いて、観に行ったんです。

対談風景

田中:お能では仕舞の最後に「片シトメ」という型があるんですが、公演直後の劇場売店前で、その型の話になったとき、説明を聞いた直美さんがぽろぽろと涙を流されて。その感受性の豊かさに驚いて、なんて美しい涙を流す人だろう!って感じ入ったのを憶えています。

私は師匠から、仕舞で紡ぎ出した世界を最後にまた扇にしまい込むように、と片シトメの型を習ったので、最後のあの動きはどんな意味があるのか直美さんから問われたとき、そのように説明したと思うのですが、そのささやかな世界観に感じ入ってくださったことが、本当に嬉しかったです。

※シトメ……能狂言の型のひとつ。仕舞などで舞い留める型のこと。右手の扇を身体の前方から掬い上げるようにして引き寄せ、片膝をついて座る。「シトメ(仕留)」「トメ(留)」「納メ」など、流派によって表記は様々。「片シトメ」は「シトメ」の略式。

監督:編集作業と向き合っていて、世界を構築している最中だったので、現代の映画にも通じるような道理を目の当たりにして、「日本ってすごいな」と感動して、泣いてしまいました。

田中:そのとき、直美さんの極めて純粋な人となりに触れたような気がしました。

ひとりの女性として、かわいらしい人だな、と。素晴らしい表現者は、いつまでたっても子どものような無垢の心を持っている気がして、愛おしく感じたことを思い出します。

想像力を刺激するための表現を

――映画と能楽の共通点について、おふたりはどう考えていますか?

監督:映画はたった100年のエンタメですが、お能の世界と通ずるところがあります。

拍子の後にすべてが止まって、シテ方がスーッと摺り足で橋懸りへ帰っていく姿には、無常観というか、何か抗えないものが滲み出ているように感じます。

映画は二次元で、ただのスクリーンですが、“見えないものを見せている”という点ではお能と似ている気がします。両方とも、具現化だけじゃない、ウラにある感情を表現している。

イエス/ノーだけじゃない曖昧なものは、観る者の感じ方次第でもあります。

河瀨直美

田中:能には、100人いたら100人の見え方があると思います。抽象的にすることで、見え方が自由になるというか。

「桜」ひとつとっても、人によって思い浮かべるものはそれぞれだからこそ、観客の皆様に想像力を駆使してもらえるよう、演者たちは世界をつくりあげていきます。ある意味、観客にはディマンディング(=骨の折れる)な芸術かもしれませんが、得られる豊かさも格別かと。

監督:映画は、表現物ではなく人によって変わるもの。相対する人によって相乗効果が生まれていく。

田中:能楽では「オモテから能を学ぶ」と言われることもありますが、例えば本面ほんめんの舞台キャリアは既に約700年。一人の能楽師が一生をかけても、到底敵うものではありません。

だからこそ、面が語りたいことを演者の身体、声などを使い語っていただく、それがシテ方の役割と先輩方から教えていただきました。

対談風景

監督:心をクリーンに、穏やかにしておかないと、作品の世界観が毒々しくなってしまうので、映画や舞台だけに限らず、日々の生き方が大事なんですよね。

豊かな表現のために必要なもの

田中:分かります。“しっかり”生きている人と触れ合うことが、舞台を豊かにする糧になってると思います。

――田中さんが考える“しっかり”は、どういうことでしょう?

田中:そうですね……。それぞれが、その人なりの人生を、他と比べずそれぞれ頑張って生きていればいいんじゃないでしょうか。これがなかなか難しいのかもしれませんが。

春奈さん

――監督にとって、作品を豊かにするものは何ですか?

監督:人間だけじゃなく、光、風、紅葉などに触れる時間をもつことかな。デジタルなものだけでは、深いものにアクセスできないんですよ。

――4月13日から始まる万博では、平和をテーマに監督は「いのち」についてのシグネチャーパビリオンを手掛けられます。戦争のない世界にするには、どうしたらいいと思われますか?

監督:夕日を見たらキレイやねって思えること、美しいものを美しいと手を繋いで一緒に感じられるような関係性。命への感謝。哀しみも苦しみも引き受けて、次の世代には渡さないという想いで、作品に向き合っています。身近な人が幸せで平和に過ごすことが、世界平和に繋がると思います。

田中:その最小単位が家族かもしれません。大事ですね、家内安全。

河瀨直美

監督:いまの世界って、経済の価値が第一になってしまっています。

スペインの巨匠の「映画で戦争を止めることはできなかった。一番は教育だよ」といった言葉や、春奈さんが経済の大家から「一番大事なのは精神性だ」と聞いたことを思えば、能狂言や雅楽といった伝統的な技術や表現を駆使した芸術に、小学生の頃から触れる環境をつくることも大事だと考えています。

ご案内

「Dialogue Theater - いのちのあかし - 」対話者募集中

©Chiyoe Sugita

大阪・関西万博にて河瀨監督が手掛けるシグネチャーパビリオンでは、監督の映画づくりのメソッドを使って質の高い対話の実践を試みます。

そのメソッドや監督自身の経験を事前に対話者にレクチャーし、パビリオン内での生き生きとした対話の実現を目指します。

監督直々のワークショップに参加できるまたとない機会です。興味のある方は、ぜひ挑戦してみてください。応募は「Dialogue Theater - いのちのあかし - 」対話者募集サイトからどうぞ。

「Dialogue Theater - いのちのあかし - 」対話者募集サイト
https://expo2025-inochinoakashi.com/interlocutors/
「Dialogue Theater - いのちのあかし - 」公式サイト
https://expo2025-inochinoakashi.com/

名古屋能楽堂 三月特別公演

2025年3月2日(日)
名古屋能楽堂(愛知)

仕舞を含め、五流派による色とりどりの演目が楽しめる公演。田中さんは、真っ白な雪の精が月明かりに舞う「雪」で地謡として出演します。詳しくは、名古屋市文化振興事業団の公式サイトをご覧ください。

取材・構成/椿屋
撮影/松村シナ

2024.12.12

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