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先達の姿から“粋”を知る― 歌舞伎俳優 尾上右近さん(前編)

先達の姿から“粋”を知る― 歌舞伎俳優 尾上右近さん(前編)

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ミュージカルに映画、ドラマにバラエティーと、活動の幅をひろげるなか、歌舞伎座でも大きな役を勤めるなど目が離せない存在の尾上右近さん。『きものと』では着物と粋について。そして30代を迎えられての歌舞伎俳優としての思いについてうかがいました。

メディアで注目の歌舞伎俳優

清元宗家の家に生まれましたが、幼いころ曾祖父である六代目尾上菊五郎の『春興鏡獅子』に魅了され歌舞伎俳優を志した尾上右近さん。

7歳のときに歌舞伎座『舞鶴雪月花』の松虫として、本名・岡村研佑の名で初舞台。12歳のときに新橋演舞場『人情噺文七元結』の長兵衛娘お久役ほかで、二代目尾上右近を襲名。立役、女方どちらも演じる歌舞伎俳優として歩み出します。

2015年より自主公演「研の會」を開催。また、清元の太夫として2018年に七代目清元栄寿太夫を襲名。

近年は歌舞伎の舞台のみならず、ミュージカル、映画、テレビドラマにバラエティー番組への出演と、多方面にわたり活躍されています。

紬の質感がしっくりと馴染む

”尾上右近””歌舞伎””紬”

冬の日の夕暮れ。右近さんは落ちついた鼠色の紬のアンサンブルでいらっしゃいました。

「紬はつい選んでしまう素材ですね。光沢があって、かつ、余所行きというほどでもなく。それでいて、稽古着よりは若干、恰好がつくんです。落ちつく着心地が好みなので、色も渋いものを選びがちですね」

――普段は、着物はどのように作っていますか?

「この着物は実家がお世話になっている呉服屋さんで作りました。僕ら歌舞伎の人間って、一般に着物に詳しそうなイメージを持たれていると思うんです。でも普段着物といっても、稽古着か正装時の紋付ぐらいしか触れないので、案外みなさんが着るような着物については疎かったりするんです。正直、僕に関しては『あまり着物のことは聞かないで!』と(笑)」

――自分が詳しくなくても、周りに詳しい方がたくさんいるので大丈夫というのもあるんじゃないですか。

「ええ、着物を誂えるときも、懇意の呉服屋さんにシチュエーションやイメージを伝えて、相談しながらということが多いですね。

詳しいと思われているという意味では、”銀座”にも近いかもしれません。よく知り合いとかに、『銀座でどこかいい場所、知らない?』って聞かれるんですよ。歌舞伎座が銀座にあるので詳しいだろうと思われているんです。

たしかにけっこうな頻度で銀座にいますけど、でも、それは仕事ですから。おすすめを尋ねられても、僕にはナイルレストラン(歌舞伎座そばの名物インド料理店)ぐらいしか薦められない(笑)。

着物にもそういうところがあって、知識に関しては、おそらくお客様のほうが詳しい方は大勢いらっしゃると思います」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

脳裏に焼き付いて離れない稽古着姿

――右近さんにとっては、着物も銀座も、“オシャレして出かける”服や場所、という意識がないわけですよね。

「そもそも僕のなかで、着物は”消耗品”だという意識があるんです。なので、ヘンなものは着ませんけど、逆にこだわりすぎてもしかたない、とも思うんです。

とはいえ稽古着の着物でも、さり気なくオシャレをしている方もいらっしゃるんですよね。ある方が、ドーメルという紳士服地を着物に仕立てて着ていらっしゃって、それがめちゃくちゃカッコよかったんです」

――ちなみに右近さんは、どういった稽古着を着ているんですか。

「僕の場合、稽古着でそんなオシャレができるのは、まだまだ先だと思っています。若手のうちは本当にいろんな役をやりますし、とにかく汗でグチャグチャになってしまいます。夢のない言い方ですけど、いい着物ではもったいないので(笑)。

気を遣っていることといえば、立役、女方のどちらもやらせてもらいますので、稽古着の段階ではどちらも兼ねられるようなものを選んでいます。

たとえば色味ですと、えんじ色だと女方にはいいんですが、立役の稽古だと気分的に少しやりづらいところがあります。なので、どちらも兼ねる色となると、自然と紺や鼠あたりに落ちついてくる感じですね」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

――稽古着でも、本番を意識した着回しをすることがあるんですね。

「そういう意味では、吉右衛門のおじさま(二代目中村吉右衛門)の稽古着も忘れられませんね。

どんなときでも、かならず袴を着けて稽古をされていたんです。足が見えるのを嫌ったから、という理由もあったそうなんですが、袴姿が”ザ・立役”といった趣で、とにかくカッコよかった。

昨年、自主公演(第6回「研の會」)で『実盛物語』をやらせてもらったとき、実盛も”ザ・立役”な役どころですから、僕も袴を着けて稽古させてもらいました。

僕なんかが稽古着で袴を着けていると、どうしても仰々しくなってしまうんです。だから、それに見合う役でないと、なかなか袴を着けて稽古するというふうにはいかないんですよね」

粋すぎると野暮になる

――稽古着にかぎらず、着物や衣裳の着こなしなど、やはり先輩方の姿から学ぶことは多いですか。

「そうですね。最近ですと、市村橘太郎さんと同じ楽屋に入らせてもらったんですが、見ていると帯の締め方が美しいんですよ。

さらに見ると、襦袢の紐が、下緒なんです。下緒というのは、刀の鞘についている紐ですね。
あれをほどいて、襦袢の紐として使っていたんです。

聞けば、昭和の名女方だった六代目の中村歌右衛門さんが、『仮名手本忠臣蔵』で戸無瀬という役をなさったときに、戸無瀬は武士の女房だからと、お端折りを留める紐に下緒を使っていたんですって」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

――お客さまからは見えないところでも、武士の心を身につけたわけですね。

「その話にあやかって、橘太郎さんも下緒を紐にしていると話してくださいました。ホント粋だなあ、と思うんです。

でも、またこの粋っていうのが難しいんですよね。これも橘太郎さんから聞いたんですが、十七代目の市村羽左衛門さんが『ぜんぶがぜんぶ粋すぎるとよくねえんだ。どっか野暮なところがないと』っておっしゃっていたと。

こうなると、なにが粋なのか、ますますわからなくなってくる(笑)。ニュアンスの問題なんでしょうけど、粋でありながら、おそらくどこかスキのようなものもあったほうがいいのかもしれません」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

感謝はするけど、攻め続けたい

――近年はミュージカル、映画、ドラマ、バラエティ番組と活躍の場を広げ、なにより歌舞伎では、昨年、本丸とも言える歌舞伎座で弁天小僧菊之助という大役を勤める(團菊祭五月大歌舞伎『弁天娘女男白浪』)など、充実した30代をスタートさせています。

「出会いの幸運と、周りのオトナたちのおかげですね。感謝でいっぱい、というのが本当のところです。ただ役者としては、『感謝している場合じゃない。まだまだこんなもんじゃない!』という気持ちもあるんです。

周りに感謝できることは、それこそ親の教育に感謝ですけど、感謝というのはときに慢心を生むので、警戒もしているんです。感謝しつつも、どこかそれに反発し、殴りかかってしまうような性分でもあります(笑)。

お客さまに対して、『心からありがとうございます!』と思いながら、舞台の上では、『どうだ!』っていう心持ちでいたいんですよね」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

――むしろそれは感謝の気持ちがあるからこそ、攻める姿勢をキープしているように見えます。お客さんの側にしても、演者に感謝されたくて見ているのではなく、アグレッシヴな姿こそが見たいわけですし。

「ただ、あまりそれをむき出しにしすぎて、孤独になるのも怖いんですよね(笑)。あくまで態度は人当たりよく、ニュートラルに、と心がけています」

盟友・中村壱太郎さんとの関係

”尾上右近””歌舞伎””紬”

――さまざまなジャンルの表現者から刺激や影響を受けていると思いますが、とりわけ歌舞伎の世界において、中村壱太郎さんとの関係は特別なものに見受けられます。

右近さんの自主公演(第4回「研の會」)での共演に始まり、ART歌舞伎やその他さまざまな企画において、苦楽をともに乗り越えてきました。

「まさに二人三脚と言っていいでしょうね。壱太郎さんは2つ上の先輩ではありますが、僕を同志として信頼してくださっているおかげで、堅苦しい枠を取り払った関係を築かせてもらっています。純粋に”仲間”という意識がありますね」

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――来る3月には、その壱太郎さんをはじめとする京都南座の「三月花形歌舞伎」に出演します。右近さんが前回、2021年に出演した際には、メインキャストがみな30歳以下のフレッシュな顔ぶれであることも話題となりました。

「壱太郎さんを中心に、若手だけで約1ヵ月の公演を任せてもらえるという形態になって3年目になります。恒例になった感覚もありますが、でも、本当の意味でこの公演が続くかどうかの試金石でもあると思っています。

毎回、古典演目で勝負するのがテーマで、今回の演目は『仮名手本忠臣蔵』になります。

勝負するということの価値にとどまらず、歌舞伎の本質的な部分でお客さまに納得してもらう、喜んでもらう、というところまでいかないとダメでしょうね。そういう意味で、前回で出たときよりも、責任はひと回り大きくなったかなと」

”尾上右近””歌舞伎””紬”

――プログラムを拝見すると、冒頭に右近さん、もしくは壱太郎さんによる解説コーナーを設けるなど、観客全員を喜ばせたい、一人も置いていかないぞ、という強い意志を感じます。

「壱太郎さんと僕、タイプは違えど共通しているのは”お客さまファースト”という意識があることなんです。

尊敬する大先輩、市川猿翁さんの言葉に『迎合と奉仕はちがう』というものがあります。

レベルを下げてわかりやすくするような態度は「迎合」になりますが、お客さまに手を差し伸べ、「これでおわかりいただけますか」というところまで懇切丁寧に言葉を尽くし、その上で自分たちが見せたいものを見せる、という態度は「奉仕」であると。

この奉仕の精神でやっていきたいと、僕も壱太郎さんも思っているんです。ですから、南座に演目の知識ゼロでいらしても、最高のものを味わっていただき、かつ楽しんでいただけるようにと考えています」

インタビュー後編(3月上旬公開予定)に続きます。

聞き手/九龍ジョー
構成/渋谷チカ
撮影/グレート・ザ・歌舞伎町
ヘアメイク/白石義人(ima.)
撮影協力/KINGSTON

公演情報

3月4日から始まる京都南座での「三月花形歌舞伎」。今年も平成生まれの歌舞伎俳優5人が中心となり、舞台を盛り上げます。

今回、中村壱太郎さんと尾上右近さんのダブルキャストでお送りする演目は『仮名手本忠臣蔵』の五段目・六段目。

上演前に『仮名手本忠臣蔵のいろは 大序より四段目まで』の解説が入り、壱太郎さんが早野勘平を演じるAプロでは上方式、右近さんが勘平を演じるBプロは江戸式と、演出の違いも見どころです。

チケットなどの詳細はこちらのサイトをご参照ください。

「歌舞伎美人 三月花形歌舞伎」
南座 ●3月4日(土)〜26日(日)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/play/806

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