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夏の祝言 〜小説の中の着物〜 平岩弓枝『御宿かわせみ』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第十三夜

夏の祝言 〜小説の中の着物〜 平岩弓枝『御宿かわせみ』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第十三夜

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小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は『御宿かわせみ15 恋文心中』より「祝言」。現代ではまず見ることのできない、夏の婚礼衣裳のお話。

扉02

着物でよく使われる独特な言い回し「染めに織り、織りに染め」とは。「着物1枚に帯3本」、その逆もアリ。セオリーを外れるときほど必要不可欠なものー”品と”説得力”、そして”スタイル”。

今宵の一冊
『御宿かわせみ15 恋文心中』より「祝言」

紗袷の魅力
平岩弓枝『御宿かわせみ15 恋文心中』文春文庫

東吾はすでに紋付に裃姿で金屏風の前にすわらされていたが、七重に手をとられて入ってきたるいをみて、正直に嬉しそうな顔になった。

そのるいは神林家から贈られた平絽の白無垢に白地に金で亀甲を織り出した帯を締め、その上から、やはり白い翠紗に神林家の家紋である源氏車を染め出した打掛を柔らかに着こなしていた。高島田に平絽の綿帽子が重たげに見える。

 まるで白芙蓉の花のようだと思ったとたん、隣にいた兄の通之進がそっとささやいた。
「花婿が、そうにたにたするな」
兄嫁の香苗がうつむいて笑っている。

平岩弓枝『御宿かわせみ15 恋文心中』文春文庫より

最初にご紹介するのは、平岩弓枝著『御宿かわせみ15 恋文心中』。

作中、6月末に行われた祝言で”るい”がまとうのは、平絽の白無垢、翠紗の打掛といった夏の婚礼衣裳です。

現代では、夏の白無垢や打掛を見ることはまずないでしょう。列席者も、エアコンの効いた式場だし、行った先で着替えるのだから袷でOKというのが通念となっていますね。

仮に絽の留袖や訪問着を持っていても、式場側から、写真写りの良さという意味で袷を勧められることもあるようです(袷の方が圧倒的に多いため、並んだ際にぼやけて見えるから、とか…)。

エアコンなどない自宅で式が執り行われることが普通であった時代には、花嫁衣裳も留袖も、絽や紗といった夏の素材が当然ありました。

池田重子先生のコレクションなどで、アンティークのものをご覧になったことのある方もいらっしゃると思います。

“白芙蓉の花のよう”という例えは、まさに言い得て妙、と言うか…ふわりとほのかに透ける白に取り巻かれたるいの姿は、まさしくあの重なる花弁のような柔らかな美しさであったことだろうと思います(現代でもオーガンジー素材などがありますが、似ているようでやっぱりちょっと違うかな…笑)。

また、現代で綿帽子というと、額の上あたりを尖らせてぴんと張った硬い印象のものが主流。

顔を見せるという意味もあって、深く被らせずに着ける場合が多いため乗せているような形になりがちなのがちょっと残念なのですが、かつての柔らかい白絹の綿帽子であれば、高島田に結われた鬢や髷の形もうっすらと拾いながら緩やかに顔にかかり、その奥に垣間見える白く塗られた顔(“かお”ではなく“かんばせ”と呼びたくなるような)が奥ゆかしく美しい…そんな風情ある姿に仕上がると思うのですけれど。

それが絽の綿帽子なら、その効果は一層のことでしょう。

今宵の一冊より
コーディネート二様

〜大人の花嫁に〜

大人の花嫁に

白の一種と思えるような、ごく淡い銀鼠色に銀糸の刺繍が施された付下げに、組み亀甲文様が織り出された袋帯を合わせて。

いわゆる一般的な結婚式ではなく、家族や親族、あるいは親しい友人とこぢんまりとした食事会だけ、というような場合、花嫁がこんな装いでも素敵だなと思いました。

長らく恋人同士でありながら、諸事情により祝言が遅くなったるいもそうでしたが、落ち着いた大人の女性の美しさを湛えた花嫁姿になりそう。

もちろんこれは、婚礼衣裳ではなく普通の(?)付下げですから、後々いろんなシーンで活用できますし、婚礼衣裳に、こんな選び方も良いのではないでしょうか。

華やぎと奥行きを感じさせます。

あえてワントーンでまとめた帯周りには、立体感のある真珠の帯留で煌めきを添えて。

銀の刺繍と相まって、華やぎと奥行きを感じさせます。帯揚げで胸元にだけひとはけの色を添えると、ぐっとモダンな印象に。

立食パーティーのようなシーンにも映えそうなコーディネートです。

〜江戸の空気をまとう〜

江戸の空気をまとう

『御宿かわせみ』は、自前の船着場を持つ大川端の宿屋を舞台にした物語。

江戸の町は、川や水路が発達し小舟が自在に行き交う水の都であったと言われます。“東洋のヴェネツィア”とも例えられ、移動手段としてはもちろん、野菜などの物売りにとっての商売の場でもあり、生活に密接した重要なインフラでした。

またときには、屋形舟が人目を憚るふたりの逢引きの場ともなったりと、江戸の町を舞台にした物語においては欠かせない舞台装置でもあります。

そんな景色を彷彿とさせる枝垂れ柳が描かれた付下げは、“四十八茶”と江戸の人々に好まれた茶系の色の中でも、もっとも濃い色である“焦茶”。

現代でも普通に使われているこの色名は、江戸の頃から使われていて、当時の滑稽本などにも「こげちやの〜」と言う表記が見られます。

幾何学的な亀甲文はクラシックにもモダンにもなり使い勝手が良い上に、合わせる着物を選ばず重宝な白の袋帯ですが、こんな風に濃色の着物に合わせると、柳の白とも響き合い、きりっとしたマニッシュな印象ながらメリハリによる華やかさもあるコーディネートに。透け感がより強く感じられる夏の濃地は、白を効果的に使うことで、いっそう目に涼やかな着こなしになりますね。

江戸情緒漂う小粋な雰囲気でありながら、色を抑えたシンプルな組み合わせは洋装の中に混じっても違和感のないモダンさも。

観劇やパーティー、結婚式の参列など、さまざまなシーンに活躍してくれそうです。

白の帯が映える、江戸好みの配色

白ベースの帯に映える、江戸好みの配色。

“四十八茶百鼠”と称された茶、グレー系と並んで江戸の人々に愛された藍もまた、江戸を体現する色(四十八や百という表現は、実際の色数ではなく色の多さを示す語呂合わせのような意味合いで、それぞれ百種以上あったと言われます)。

藍も同様に、その濃度(染めた回数)によってさまざまなバリエーションがありましたが、遊里においては安価な薄い染めの木綿を裏生地に使った着物を着ているということから、田舎侍や下級武士を侮って「浅葱裏」と呼ぶなど、その経済状態や立場なども明らかに示すものだったようです。

こういった色への飽くなきこだわりは、よく知られているように庶民の経済的な台頭を背景にした奢侈禁止令と技術力の発達によるものとされますが、「浅葱裏」というその呼び方からも、武家と庶民の力関係が伺えます。

現代では、あさぎいろ、と聞くと響きが綺麗でどちらかというと良いイメージが浮かぶと思うのですけれど…

もう一冊『彩の女』

同じく平岩弓枝さんのご著書より、もう一冊。

1976年初版発行の『彩(さい)の女』は、丹後でちりめんを織りひっそりと生きる40代の母せい子と、東京銀座の呉服店の看板娘で、今で言う着物スタイリストのような仕事(作中では着物コンサルタント)に携わる20代の娘、佳奈の物語。

平岩弓枝『彩の女』
平岩弓枝『彩の女』文春文庫

作中で重要な位置を占めるのは、長襦袢。

母が、情事の気配を色濃く残す長襦袢を娘の目に触れさせないよう洗ってしまおうと、その夜のうちに解いてしまう(半衿を外す、どころではなく完全に)シーンは特に印象的です。

佳奈に想いを寄せる末次が購入する長板染めの浴衣の値段が950円(店に置いてある“べら棒な値段”の商品は7〜10万円くらい)だったり、その仕立てを「持ち帰っておうちの方(母や妻)がする」ことが大前提だったり(独身の末次は店に頼むのですが、仕立て上がるのは3日後!それでもめちゃくちゃ早いのですが、自宅で慣れた方ならひと晩で縫いあげる、なんていうのが普通だったのでしょうね、きっと)…約半世紀前のリアルはこうだったのだろうなと思わされます。

作中でも、佳奈を語るのに“若いのに仕事柄か着物を上手く着こなして”云々とありますし、この頃20代前半であった私の母とちょうど同じくらいの世代であることから考えても、着物を着る若者はもうかなり少なくなっていたとは思いますが、まだまだ身近にあった時代だったのでしょう。

ちなみに、このシーンの呉服店のウィンドウに飾られているのは絽の振袖。
現代では、そんな呉服店はもうないかもしれません。特別に誂えない限り、作られてさえいないかも。

春の終わりに始まった物語が進むに連れて、移り変わる季節が登場人物の着るものや行事などで細やかに表現されていきます。

鵜飼や大文字焼きといった季節の風物詩を織り交ぜ、夏の結城に塩沢、絽の小紋に羅の帯といった主人公の装いに、季節の移り変わりや心情を映しながら。

女の業というか情念というかが何とも濃密に複雑に絡み合って、読んでいてちょっと苦しくなってくるような…爽快な読後感、とは到底言えないストーリーではありますが、ある意味、昼ドラ的な乱高下する心情描写とともに、ちりめんの地紋を活かした新たなデザインの構想、京友禅に加賀友禅、琉球の染織、大島紬…と、着物雑誌のテーマかと見紛う網羅ぶりに加え、ドラマの脚本も多く手掛けられた著書だけあり、台本を読んで衣裳の提案をする様子など読み応えのあるシーンも随所に散りばめられています。

着物好きな方なら、ひと息に読み終えてしまえるのではないでしょうか。

呉服屋として「箪笥に眠らせるだけのものを売ってはいけない」という想い。

上顧客からの依頼で海外でのレセプション用の着物を作るにあたり、外国人受けするであろうと気を衒ったような派手で見栄えのするものばかりを選ぶことが、いわゆる“ゲイシャ”“カブキ”といった“外国人から見る日本らしさ”の誤解を日本人自ら助長している。一見地味に思えても、本来の伝統技術を駆使したクラシックな美しさを極めたものを、着こなしの妙で魅せる方が日本の美意識の本質が伝わるはずだ、という提案。

主人公の佳奈の主張を借りて、著者が警鐘を鳴らしてくれていたものが、何ひとつ改善されないままに、せっかくのちりめん景気、着物ブームもそう長くは続かず終焉を迎え、現代に至ったのだなと…少し物悲しい思いも感じつつ。

夏の普段着

夏の普段着にはかかせない麻の着物
本麻ローケツ染小紋「氷割」 + 素描き友禅麻地染め帯「麻露草」 ※小物はスタイリスト私物

肌から離れて自立し、ひんやりと冷気を湛えながら身体を覆う麻の着物。その快適な着心地は、夏の普段着には欠かせない素材です。

縞や格子といった織柄の多い麻ですが、こちらは珍しいろうけつ染め。麻のハリ感は保ちつつ、後染めならではのしなやかで優しい雰囲気が漂います。

衿元には、瑞々しい草葉をイメージして薄緑の麻の半衿を。

ざっくりとした風合いが夏らしい麻の名古屋帯に、描かれた露草の花そのもののような青紫のガラスの帯留を添え、ぽつりと鮮やかなアクセントを咲かせて。

タイトル『彩の女』より彩(いろ)をテーマに、露草の花の色、紫〜青紫のグラデーションでまとめた涼やかな夏の普段着に。

枕を使わない結び方なら、より涼しく
本麻ローケツ染小紋「氷割」 + 素描き友禅麻地染め帯「麻露草」

角出し風に結んだ後ろ姿。
麻の帯はハリがあるので、形が綺麗にまとまります。

『彩の女』の主人公佳奈は、きっちりとした堅い着こなしが多くお太鼓のイメージ(きっと着付けも、もうちょい衿を詰めて着て、帯も高めでしょうね。まだまだ一見してのいわゆる玄人、素人という厳然たる区別がはっきりしていた時代ですし、若い未婚女性でもあり、また、お客さまに対してもより控えた着こなしを心掛けていたでしょうから)なのですが、暑い夏は紐も一本でも少ない方が楽ですし、背に当たる面積を少しでも減らした方が快適。

枕を使わない結び方なら、より楽に、涼しく着ていられます。

『彩の女』の中で、織り上げた白ちりめんはその後加工されて初めて一人前扱いされる、白ちりめんのままで活かされるのは花嫁の白無垢か喪服くらい…と、織り子であるせい子は嘆きます。

喜びと悲しみの晴れ着、と表現される白ちりめん。

『御宿かわせみ15 恋文心中』における白無垢は、もちろん喜びの方ですが、その後に続く『八朔の雪』というお話では、8月1日の紋日に吉原の遊女たちが白の小袖、帯、打掛と白づくめの扮装をするエピソードが出てきます。

さて、こちらは果たしてどちらでしょうか…。

さまざまな時代や立場における、白の装いが持つ意味が印象的な二作品をご紹介しました。

次回の第十四夜では、着物の描写の巧みさを語るには欠かせない、あの方の作品を取り上げたいと思います。

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