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あなたと着物の、楽しく幸せな時間を。 イラストレーター 岡田知子さん 「今、きもので輝くひと」vol.5

あなたと着物の、楽しく幸せな時間を。 イラストレーター 岡田知子さん 「今、きもので輝くひと」vol.5

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30年来着物に親しみ、もうことさらに意識することもないというほどに着物を楽しんでいらっしゃるイラストレーターの岡田知子さん。肩肘張らず、でもご自身のスタイルをおもちの岡田さんに、着物のこと、お仕事のこと、お話を聞かせていただきました。

日差しや空気の変化で色や素材を選ぶ

岡田知子さん

春の訪れを告げるような柔らかな陽光が心地よいある日。
白木の引き出しが壁一面に並び端正な表情を見せる、ここ「青山見本帖」で、岡田知子さんとお会いしました。

「青山見本帖」

明治創業の紙の専門商社、竹尾のショールームである「青山見本帖」。

岡田さんにとっては、デザイナー時代、そしてイラストレーターになってからも、そのときどきの仕事にしっくり合う紙を探しに、足繁く訪れた場所だそう。

白木の引き出し

「今はもう、自分の好みの紙はどれかというのはだいたい分かっているので、新しく探すことは以前ほどではなくなりました。でもやっぱり、見ているとわくわくするんですよね」

白木の引き出し2

岡田さんは広告デザイナーを経てイラストレーターに転向。鉛筆と透明水彩を用いた温かみのあるイラストが人気です。

また30年来の着物愛好者でもあり、着物雑誌などでイラストを手がけるほか、2021年には、イラストとともに着物にまつわる言葉と豆知識を綴った『きもの語辞典』(木下着物研究所監修/誠文堂新光社)を刊行しました。

本日の装い

本日の装いは、薄いグレーの江戸小紋。

ちょうど春前のインタビュー、よく見ると柳に桜の柄ゆきです。

柳に桜の模様
塩瀬の染帯2

塩瀬の染め帯は、春霞のような薄紅色に、ゆるゆるとした金霞が重ねられて。
シャープに描かれることが多い霞文様ですが、こちらはなんともやわらかに、春の優しい気配を感じさせてくれます。

気になる帯留めは、なんともかわいらしい提灯モチーフ。木彫りのようです。お聞きすると、京都の都をどりをテーマにとり合わせたのだそう。

「これね、かまぼこ板を彫ってつくったのよ」といたずらっぽく微笑む岡田さんのお言葉に、びっくりです!

ちょうちんモチーフの帯留め
小物で季節のものを

「今日は桜ものを着ていますけど、ふだんは幾何学模様とか、あまり季節を問わない柄のものをよく着ているので、小物で一か所、季節のものを入れてもいいかなと。それが私にとっては帯留め。

紬や木綿の着物が好きなせいもあって、彫金のものがあまり合わないんですよね。だから木か陶器か石の帯留めが多いの。それで、木だったら自分でつくれるなと。

お友だちに『すてきね、それ鎌倉彫?』って聞かれて、『ううん、“かまぼこ彫”よ』なんて答えてね(笑)」

ご自身がイメージしたものをひょいと手づくりしてしまうあたりは、さすがクリエイター。遊び心がのぞく着こなしが粋です。

袖口から涼を感じる。

「着物の魅力って、季節を楽しめるところにありますよね。たとえば、夏は着物は暑いと思うかもしれないけれど、麻の素材感を楽しんだり、袖口からすうっと通る空気で涼を感じたり。暑さを受け入れる良さは、洋服では味わえないなと。

お盆が過ぎると日差しが変わってきて、そうすると水色とかじゃなくてちょっと黄色がかった橙色なんかが着たくなる。日差しや空気の変化で色や素材を自然と選びたくなる感覚は、洋服では考えたこともなかったですね」

触るだけでも着物に慣れていく

着物を着るようになって30年ほどになるという岡田さん。着始めたのは、イラストレーターとして独立した頃のことでした。

着物歴30年。

「ちょうどその頃、歌舞伎を観始めて。そこに来ていた着物のおばあちゃまのかっこよさに惚れ込んじゃったんです。ピンクとか明るい色のワンピースやツーピースを着こなしているご婦人もすてきだけど、私はいぶし銀のようなかっこよさをめざしたいなと」

そうして、無料の着付け教室を見つけて通い始めたのがはじまり。
岡田さんは、着付けを習い始めてから半年ほどのあいだ、家の中でも着物を着て過ごしていたそうです。

「一緒に教室に通っていた友だちが『ずっと着物を着ているほうがいいみたいよ』と言うし、慣れようと思って。独立した年だったので、営業回りも着物を着ていこうと思ったんですね。

でもね、そのうちわかったのは、私、お行儀が悪いの。着物ではあぐらもかけない、ごろ寝もできない(笑)。お風呂やトイレの掃除も着物でしていたんですけど、やっぱり大変なんですよ。だから家ではもうやめた、と思って。着物は外出するときだけ着ることにしました。自分のペースでできるのは、これだなって」

しばらく暮らしていくうちに自分の性格の向き不向きも見えてきて、着物との付き合いかたがわかってくる。

まずはできるだけ毎日の中で着物に触れる機会を増やしていくのがおすすめ、と岡田さんは言います。

着物に触れる機会を増やしていく

「私もね、着始めたばかりの頃は、カフェでお話に夢中になっていたら、自分はお茶を飲んでいるつもりなのにカップからじゃあじゃあとこぼれてたことがあるんですよ(笑)。着慣れないから所作の感覚がちょっとずれたのね。

でも、汚すのが怖いからって着ないでしまっておくのはもったいない。私は、はじめのうちは用心してガード加工を施していました。染め直しなんかはできなくなりますけど、それはもう割り切ってね。そうすれば何かこぼしても、さっと拭き取れば大丈夫」

特別なお出かけのときだけでは機会は限られてしまいますから、銀座でも渋谷でも、お買い物に出るときには着物で。

岡田さんはお友だちと居酒屋に行くときにも着物を着るそうです。

着物と自分との大切な時間

「外に着ていく自信がなかったら、家の中だけでもいいんですよ。広げて袖を通すだけでも。夕方30分でもいいから引っ張り出して袖を通して、一人で悦に入りましょう。それも好きな着物と自分との大切な時間ですから。それで、また畳んでしまう。

それだけでも1年間やってると、着物との関係って変わってくると思うんです。とにかく少しの時間でもいいから引っ張り出して、遊んでみてほしいな」

小学生が夢中になる『きもの語辞典』

岡田さんの著書『きもの語辞典』は、鉛筆と透明水彩で描かれた温かみのあるイラストがページにちりばめられ、眺めているだけでも楽しいですが、着物用語や知識がビギナー向けにやさしく、でもしっかりとおさめられています。

編集の方に「岡田さんの着物愛が伝わればいいから!」と激励されながらつくりあげた一冊。

岡田さんは着物を楽しむ人がもっと増えてほしいと、友人や知り合いに着付けを教えているそうです。その際、自分で着るときに思い出せるようにと着付けのプロセスのイラストをさっと描いて渡していたものを、ご自身のブログ「丘の上通信」の「着付けノート」にアップしています。

こういった活動や、着物雑誌や書籍での仕事が積み重なって、このたび一冊すべてを手がけることになりました。

着物を楽しむ人が増えて欲しい

「着物のことをわかっている方はもういいじゃないですか。専門書もたくさんありますし。ビギナーの方にとっては、知らないということが腰が引けてしまう原因のひとつでもありますから、とにかく近づいてもらえる最初の一歩になるようにと考えました。小難しい文章ばかり続くのではなく、目で見ても楽しめるように。

着物の柄なんかも、このイラストのサイズでただ緻密に描いても面白くないから、あえてざっくり描いてます。

あるとき友人がお茶のお稽古に行ったときに本を持って行って、ちょっとそこらに置いておいたそうなんです。そうしたらね、そこのうちの小学生の子が夢中になって見ていたそうで。やった!と思いましたね。

華道部や茶道部のある中学校なんかでも図書室に置いてくださっているそうで、そういうふうに、ずっと若い世代の方に楽しんでもらえたらうれしいですね」

若い世代も楽しんで欲しい

ご自身のスタイルをしっかりもって、好きな着物のことも仕事になさって、とても輝いて見える岡田さん。

そんなふうにキラキラと生きられたらすてきだと思うんです、とお伝えしてみたところ、「そんなことないのよ」と、胸の内も話してくださいました。

キラキラの陰には放浪あり

「キラキラの陰には放浪あり、なのよ。

イラストレーターとして独立して、40歳くらいを目標に、自分の絵ができていたらいいなって考えていたんです。でも実際40代に入ってみたら、『自分ってなんだ?』って、壁にぶち当たって。周りを高層ビルに囲まれた暗い中を、私の道はどこにあるのかなって、放浪していたみたいな時があったんですよ、数年前まで。

でも、今はもうそびえていた高層ビルはなくなって、野原の中を通っていく道が、細いけどちゃんと見えてきて。私はここを歩いていくわ、って思えるようになったんです。

『きもの語辞典』は、自分はこういう道を行くんだってスイッチが切り替わった仕事でもあって。いい記念になりました。

わたしが言えるのは、大変かもしれないけどやりたいこと、あきらめたくないことがあるんだったら、そこに向かうしかないってこと。それが自分に正直になるってことだし、そのほうが健やかにいられると思うんですよね」

着物はその人の内面を照らしてくれるもの

長く着物を着る暮らしを楽しむ。

長く着物を着る暮らしを楽しみ、もはや着物を着ているとことさらに意識することもなく過ごしているという岡田さん。

これまでは背伸びも失敗もしてきましたが、それもすべて経験となって今がある、という言葉には励まされます。

その人の内面を照らす。

「着物の魅力って、その人の内面を照らしてくれるところにあると思うんですね。

今、自分が心地よく着物を着ていられるのは、外側をうまく装えているからというよりは、おなかの中から支えられているからという感じがします。

着物を着始めるきっかけになったすてきなおばあちゃまのお話をしましたけれど、私、早く憧れの人のようになりたくて、背伸びしてたんですよね。そうしたら先輩から、『あなた、背中が丸まって、年を取ったみたいに見えるわよ』って言われたことがあって。

お年を召したご婦人がすてきなのは、ちゃんとその方ご自身の生きてきた時間があるからなのよって。あなたは一足飛びにそれを目指すんじゃなく、たとえばその方が今の自分と同じ年だった頃にどうだったかっていうのをイメージしてみたほうがいいって、教えてもらったんです。

それを聞いて、ああ、私は身の丈に合わないことをしていたんだなって気づきました。

『似合う』っていうのは、もちろん顔写りとか身長、体型などもありますけど、それ以上に、言ってしまえば雰囲気。その人の内面に、着物が懐中電灯をあてて照らしてるような感じがする。そんな姿を見ると、似合うってこういうことなのかなって思います」

そんなふうに着物が“似合う”人になりたいもの。人生も、着物との時間もある程度重ねた先に、見えてくるものがあるのでしょう。どんどんトライとエラーを繰り返して、楽しみながら自分らしさを見つけていくのがいいようです。

「着物って、好きになれば好いてくれるじゃないですか。初めて着る人は、まだわからないから憧れのあの人と同じ着物を、って選んだりしてもいいですけど、しっくりこなければいずれ手放すことになりますしね。そうやって自分に似合うものがわかるようになってくるんです。

人の目は気にしなくてよくて。あなたと、あなたが好きな着物の、楽しく幸せな時間だけ増やしていけばいいんです」

岡田知子さん

構成・文/伊藤宏子

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