14歳の夏の約1ヶ月間を、私はカナダのアルバータ州で過ごした。
現地の家族の家に泊めてもらって語学や文化を学ぶ、いわゆるホームステイプログラムに参加したのだ。
一ヶ月もお世話になるのだからと、ホストファミリーにはそれなりのお土産を用意して行った。
ホストファザーには陶器の湯呑を、ホストマザーには茶道を嗜む母の選んだ茶香炉を、そしてホストシスターには浴衣セットを。
事前に資料として渡されていた写真を見て、私と同い年だという彼女に似合いそうな柄の浴衣と、すでにリボンは出来上がっており、あとはクリップで止めるだけという簡単な帯がセットになったものを買った。
また現地での交流会やパーティに着て行くといいよと言われていたので、自分用の浴衣も持って行くことにした。
渡航の数日前、これらを何の気なしにスーツケースに詰めていると、側で見ていた母が急に、重大なことに気づいたという顔をして言った。
「畳み方、知ってる?」
私はこのときまで、まさか浴衣に決まった畳み方があることなどとは露ほども思わずにいた。
けれども考えてみれば広げた浴衣は畳まなければならないし、畳まれた浴衣はだいたいみんな同じ形をしている。
大体、衣類を畳む、ということ自体なかなかに面倒なことなのに、浴衣を畳むためにはまず、広い床に浴衣を皺のないようにピンと広げて、襟の端と端を合わせて、半分に折って……と、膝の上でTシャツを畳むより断然面倒臭い。
やむを得ないこととは言え、面倒臭い。
それでも渋々畳んでいると、「あっちに行ったら、着方も畳み方も教えてあげるんよ」と母が言う。面倒臭いが、やむを得ない。
カナダに入国してから数日間は現地の大学の寮に泊まり、その後、ステイ先の家を訪れた。
家族総出で迎えてくれたホストファミリーと親愛の挨拶を交わす。
私のために整えられたゲストルームには至るところにカナダの国旗をあしらったオブジェやポストカードが飾られていて、これは全部あなたへのプレゼントだよ、とホストシスターがにっこりと笑う。
荷物を置いて、スーツケースを開けると、今度は私がギフトを渡す番だ。
お土産を手にリビングへ赴き、待ち受けていたファミリー一人ひとりに手渡す。
肝心の浴衣については、左が上になるように、裾が揃うように、といった最低限の決まりを教えつつ、私がぎこちない手付きでもって、ホストシスターに着付けた。
ピンクの華やかな浴衣に身を包んだ彼女は、センキュー、アイラブ、キモノ! と、何度浴衣だと伝えても頑としてキモノと連呼しつつ、とても喜んでくれた。
私も、ひとまずほっとした。彼女が一通り浴衣を堪能したのを見届け「今度は畳み方を教えるね」と私は満を持して切り出す。
面倒だが、こういうことは早めにやっておいた方がいいのだ。
ところがそこで返ってきたのは思わぬ返事だった。
「大丈夫、大丈夫。こっちでは洋服は全部ハンガーにかけるから畳まないの」
そう言うと彼女は私を自分の部屋に連れて行き、言葉のとおり浴衣をハンガーにかけ、クローゼットに吊るす様子を実演して見せた。
私は浴衣を畳まないという発想を全く持っていなかったので、ややあっけにとられながらも、なるほどその手があったか、と感心した。
のちに読んだ何かの本でも、浴衣や着物は畳むと小さく、薄い長方形になり、何枚も重ねて収納できるので場所を取らない。
余計なスペースを持てない狭小の日本家屋に合うよう合理的にデザインされていると書いてあった。
そう考えると、余るほど広大な土地を持つカナダにまでやってきた浴衣が、わざわざ小さく、薄くなる必要はないのかもしれない。
……とはいうものの、洋服用の浴衣に対してどう見てもサイズの小さいハンガーにかけられ、袖の部分はだらしなく垂れ下がり、裾はクローゼットの床にすっかり着いて、くしゃっと弛んでいる哀れな浴衣を見ると、やはり本当にこれでいいのかと思わないでもなかった。
信じがたいことに、今から四半世紀も前の話だ。