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大ヒット連発の”神絵師” 喜多川歌麿 「知ってた?べらぼうなお江戸話」vol.5

大ヒット連発の”神絵師” 喜多川歌麿 「知ってた?べらぼうなお江戸話」vol.5

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歌麿の絵師としての信念は、ひたすら「抵抗」だったのでは。「売る」ためだけに自分の信念を曲げるようなことはしたくなかったのだと思います。

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謎多き男、喜多川歌麿を掘り下げる

きものとをご覧の皆さん、こんにちは。tomekkoです。

今年は大河ドラマのおかげで、たくさんの浮世絵をじっくり楽しめて幸せです。

初夏に東博へ『蔦重展』を見に行ったのがもう懐かしいのですが……

正直どれも同じように見えていた(失礼)美人画も、ゆっくり間近に眺めるとさまざまな特徴が見えてきて、江戸時代にも「絵」に真摯に向き合っていた絵師、職人たちがいたこと、その熱量が伝わってくるようで感動しました。

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さて、今回はそんなお江戸で大ヒット連発の”神絵師”となった謎多き男、喜多川歌麿を掘り下げてみましょう。

知ってた?べらぼうなお江戸話1

歌麿の師、鳥山石燕が描く”恐怖の本質”

歌麿の人生は、出生から幼少期は不明なことが多く、だからこそドラマではなかなかハードモードな幼少期が描かれていたんですね。

ただ、子ども時代に妖怪画で有名な鳥山石燕とりやま せきえんに師事していたことは確かです。

庶民ながら絵を習わせる余裕のある家庭だったのか、石燕がただその辺で遊んでいる子どもたちに教えてくれるおもろいおっちゃんだったのかは分かりませんが、出自のあやふやさと石燕の作風からは後者の可能性が高そうですね。

鳥山石燕は、それまでは口伝えか文字でのみ伝えられていた日常の中の奇妙な現象“怪異“を初めて絵に捉えた”概念絵師”だったと言えます。目には見えない概念を形にする想像力って実はすごい能力なんですよね。

ただ個人の空想の産物を世に出しても、見た人の共感を得られなければただの変わった人です。

誰も見たことないけど、絵にされたら「あぁ、これこれ!こんな感じ!」とみんなが口を揃えて言うような妖怪の姿を捉えた石燕は”恐怖の本質を捉えた絵師”だったんですね。

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歌麿が切り込んだ“写実性“

そんな師匠から、多感な幼少期に学んだ歌麿の絵には共通する特徴があります。

それはずばり、「写実性」。

知ってた?べらぼうなお江戸話2

実は日本の絵は平安時代に決まった、型にはめた様式美が尊重されてきました。鎌倉時代に発達した「似絵にせえ」という写実的な画法はありましたが、あくまでも政治的、記録的な目的があり大衆の間で出回ることはなかったんですね。

特に人物はその時代の理想化した顔立ち・スタイル・ポーズが求められ、誰かを特定するような特徴は描かないのが当たり前。主役級はみな同じ顔で、髪型と服装でどうにか見分けていた昔の少女漫画みたいなもんでしょうか。

歌麿はそこに切り込みました。

彼の圧倒的な観察眼と、見たものを写実的に写しとるテクニックが最もよく現れているのが『狂歌絵本』です。

美しい花鳥画や虫をテーマに、今にも動き出しそうな生き生きとした動植物が絶妙な構図で配置された見開きは、思わず息を飲むほどの緻密さ。そこに当時、武士庶民を問わず大流行していた狂歌を合わせた、今で言う“メディアミックス戦略”が大当たり!歌麿の実力を世間に知らしめ絵師としての地位を確立していきます。

そして有名な「大首絵」。

型にはまった人物像は変わり映えがなく、特に女性はポーズでの描き分けができないためバストアップの肖像は需要がありませんでした。

でも対象の内面を見極め表現に取り入れる歌麿にかかれば表情、目線の投げ方、振り向く角度でそれぞれの物語を感じさせるシリーズが出来上がります。

人物の特徴を際立たせるため、また華美を禁じ質素倹約を進める幕政の影響も受けて、版元の蔦屋つたや重三郎じゅうざぶろう(以下蔦重つたじゅう)と試行錯誤を重ね、背景を無くす代わりに雲母を散りばめて華やかに見せた手法は有名です。

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人の心の機微を絵に残す

人物の特徴を写実的に描きすぎると、まだまだ反発が大きく売れない時代。

だから歌麿は「無線摺むせんずり」と呼ばれる主線なし(背景色とのコントラストで輪郭を表現)や、エンボス加工のような「空摺り」など、新しい技法を編み出して女性の肌の柔らかさやリアルな質感を出す工夫を数多く試しました。

例えば歌麿の作品は透け感を利用して描く構図が多いのですが、版画で透け感を見せる技法を誇示したい、ってだけではないと思うんです。

『歌まくら』はいちゃいちゃしている男女の絵ですが、男が羽織っている夏物の薄羽織に女の太ももが透けている……つまり女の方から足を絡めていることがわかります。

薄物のフィルター効果によって女性の肌の美しさが際立つだけでなく、女性側の恋の熱量が高いんだな……と想像させるんですよね。

『四季遊花之色香』では、船遊びで一緒になった女性を口説いている若い男の薄物の羽織の裾の向こうから顔を透けさせてのぞいている別の女性。

知ってた?べらぼうなお江戸話3

これもまた、わざわざ男の羽織越しに描かれた興味津々な女性の表情に複雑な恋心と嫉妬心が見てとれるような……?

みなさんはどう感じましたか?

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歌麿が抱く絵師としての信念

歌麿の絵師としての信念は、ひたすら「抵抗」だったのではないかと私は思いました。

理想化・形式化された人物画が良しとされ、顔の特徴、表情を描くと売れない……

錦絵を描く人々が自分の職業を「芸術」と認識していたとは思いません。あくまで絵師たちは職人に近く、需要があるから売れる物を描く、生きていくために描いていたのでしょう。

知ってた?べらぼうなお江戸話4

そんななか歌麿には、「○○ってこういうもの」という固定観念への「抵抗心」があるように見えます。あるものを無いかのように、全然違う物を嘘とわかって描くといった、「売る」ためだけに自分の信念を曲げるようなことはしたくなかったのだと思います。

だからこそ、自分の信じる「美しさ」を、ちゃんと「売れる」形にしてくれる蔦重とタッグを組んできたんでしょう。

彼の才能を見出し最適な売り出し方を考えてくれた蔦重は最高のパートナーでしたが、「本当に良いものを世に広める」という信念を失い儲けに走り出したあたりで失望したのかもしれません。最終的には袂を分つ決断をします。

2025.07.05

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生涯描くことで「抵抗」した喜多川歌麿

その後も人気は衰えず、他の版元からもたくさんの絵を出した歌麿でしたが、たくさんいた弟子たちから歌麿を後継するほどの絵師が生まれなかったのも、なんだかわかる気がします。

自分だけで抱えてカリスマ絵師として売れたかった、というわけではないと思います。

より平準化して分業できるように自分の分身を作る。たくさんの仕事を捌きやすくするようにアシスタントに描かせる……これって商売を広げるなら当然のやり方ですが、絵を自分の表現の場として大切にしていた歌麿にとっては納得のいく方法ではなかったのでしょう。

対象の本質を描き出し表現したい歌麿にとって江戸時代とは、なんとも生きづらい世の中だったことでしょう。そんななかでも諦めず、長い物に巻かれることなく生涯描いて「抵抗」した喜多川歌麿。

逆に表現に型がない現代に生まれたらどんなアーティストになっていたのか?ちょっと見てみたい気がしますね。

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