着物・和・京都に関する情報ならきものと

袙扇のうちとそと 〜小説の中の着物〜 阿岐有任『籬の菊』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第四十六夜

袙扇のうちとそと 〜小説の中の着物〜 阿岐有任『籬の菊』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第四十六夜

記事を共有する

小説を読んでいて、自然と脳裏にその映像が浮かぶような描写に触れると、登場人物がよりリアルな肉付きを持って存在し、生き生きと動き出す。今宵の一冊は、阿岐有任著『籬(まがき)の菊』。「あなかしこ」「諾(を)!」交わされる会話はすべて“古語”。平安の世に生きる登場人物たちを生き生きと呼吸させるのは、言葉を含めたこの世界に登場するすべての“小道具”。扱い方が自然、そこに在ることが必然。高貴な女人が手にした袙扇(あこめおうぎ)でさりげなく覆い隠すのは、その素顔だけではなく見せてはならない本音の数々だったのかもしれません。

2025.04.09

まなぶ

紫色の白昼夢 〜小説の中の着物〜 泉鏡花『艶書』「徒然雨夜話ーつれづれ、あめのよばなしー」第四十五夜

今宵の一冊
『籬の菊』

阿岐有任『籬の菊』/文芸社文庫

阿岐有任『籬の菊』/文芸社文庫

 四月も終わろうという頃、兵部ひょうぶは珍しく外出していた。
 行き先は東北院。碁盤の目状の宮城都市、その北東に隣接してはみ出た一角に建立された寺院である。東北院の主は、五代前の帝の中宮であり、二代の国母となられ、先帝と新帝の祖母でもある女院にょいん――上東門院藤原彰子じょうとうもんいんふじわらのあきこである。そんな貴人に兵部自身が所用のあるべくもなく、兵部の訪問先は女院に仕える女房、中納言の君であった。当然、兵部は不機嫌であった。
 ――何故なじょう、まろが。

〜中略〜

次郎君じろうぎみにもよろしく伝え給え」
 ――次郎?
 兵部は思わず振り返り、そのせいで足をしじから踏み外してしまった。地にぶつけた小指の痛みを堪え、扇をぎゅっと握る。正月に破いた扇の代わりに持っていた、次弟からの歌が書きつけられた檜扇ではない。ぬえとの遭遇から日を置かず月は弥生から卯月へ、季節は春から夏へ移り変わり、衣替えを経て檜扇の季節は過ぎてしまった。今兵部の手元にあるのは紙張りの蝙蝠扇かわほりおうぎであった。先程の中納言も、兵部が贈った袙扇あこめおうぎは持っていなかった。季節の儀礼という大義名分あってこそ、目上からの贈り物を使う様子を見せずとも兵部の怒りを買うことはなかったのである。
 紙の感触を手に感じながら、兵部は低く声を絞り出した。

阿岐有任『籬の菊』/文芸社文庫

今宵の一冊は、阿岐有任著『籬の菊』。

冒頭の抜粋部分からも読み取れるように、昨年の大河ドラマで描かれた紫式部が生きた時代の二代ほど後の世。主人公は、東宮御所に女房として出仕する“兵部ひょうぶの君”こと源基子みなもとのもとこ

本来ならば帝位に繋がる高貴な血筋“源”の姓を持ちながら、現在は零落した名家の出ゆえに、現東宮の第一王女である大君おおいぎみ女一宮おんないちのみやとも呼ばれる)に最上﨟の女房として使えています。

 大騒ぎになった。
「兵部!汝はなんじょうモノを率いて参り来たりや!」
 普段は涼やかな声が氷の刃となって突き刺さる。常ならぬ主の様子に、兵部はただ瞬くしかない。
「居よ。ふつと動くな」
 扇で指された場所にはしとねがなかった。剥き出しの畳の上に座らされるなど今までなかったことで、兵部は困惑する。
「女一宮、いかがし給うや」
あなかま!」

阿岐有任『籬の菊』/文芸社文庫

出かけた先の東北院から、まんまと心の隙に付け込まれ、“穢れ(物怪)”を身に付けて帰ってきてしまった兵部が主である女一宮より咎められるシーン。

本作の、たぶん他にはないであろう何よりの特徴がこの会話文。
交わされる会話、ほとんどがこの調子なんですね。

「あなかしこ」だの「!」だのといった古語が普通に飛び交う会話に最初こそ少々たじろぐものの、本文中でつらつらとその内心が(京言葉で思いっきりツッコんだり悪態ついたり拗ねたり八つ当たったりと忙しい)語られるため、あーーなんかわかるわーーーその気持ち……なんてうっかり共感している間に意外と気にならなくなる(笑)。

兵部の君、職場である宮中ではしれっとクールな顔してこういう言葉遣いなのですが、内心ではめちゃくちゃ毒舌なのが小気味良くて(笑)。せっかくの血筋を活かす政治的手腕をまったく持たず、自分だけ優雅に生きてさっさと亡くなってしまった父をぼんくらと罵り、せめて夫の手配ぐらいしてから逝ってくれればと寡婦やもめ(※未婚の意)の身を嘆き、挙句の果てには「誰ぞ良き男君あらば、仲立ちさせ給え〈意訳/おこぼれで良いから分けてくれませんか〉」と身も蓋もないお願いで年下の主をきょとんとさせる22歳女子。のんびりお気楽な父に似てぼんくらで極楽蜻蛉な弟に対し、使えねぇ💢とばかりに扇の陰で舌打ちする。

(階級制度が厳密にあった時代だから当前ではあるのだけど)自分より下に見ていた乳姉妹めのとごに今をときめく公達の手が付き懐妊したと知れば、煮えくり返るような嫉妬に駆られ、病める相手に素っ気なくしてしまったりもするけれど、でもそれはあまり美しい姿じゃないと自分でもわかっているし、結局は乳姉妹のために奔走してしまったりもする(相手の冷たい仕打ちを責め、その悪びれない態度に憤って几帳を蹴倒したり……ほんとに姫なのかと思うほど。笑)

決して聖人君子じゃない、醜い感情も抱えている。そんな自分に嫌気が差すこともある。それでも、なんだかんだ生真面目に頑張って生きている。

なんだかちょっと、親近感が湧くキャラなんですよね。兵部の君。

この古語による会話文ゆえなのか、私としては珍しくこれ、実写で見たいかも!と思える作品でした(連ドラとかになったらすごく面白そう……)。

家柄や婚姻で絡み合う、複雑な人間関係。

新帝が政敵を圧し権力を掌握していく過程に加え、平安時代必須の陰陽師に妖=ぬえまでも登場。少女漫画並みにドラマティックな恋愛要素も含め、いわゆる“映え&萌え”要素(笑)がてんこ盛りではあるけれど、そのどれもがお飾り的なエピソードではなく、綿密な時代考証に裏打ちされた必然であること。

そして何より、御所での日常やしきたり。それぞれの装いや調度品の描写。

この「古語」を含めた、この世界に登場するすべての“小道具”。それらの些細な動きや扱い方(描き方)が雑でなく、自然であること。

焚き染めた香の香りさえも届いてきそうな……それが、“登場人物たちが息づく場所”としての御所のリアルさを裏付けてくれているのかもしれません。

今宵の一冊より
〜扇〜

 夕刻、宮仕えの貴公子らはそれぞれに自宅へ帰ってくる時間帯に、果たして車が花山院に入っていくのを見て、兵部は門番に駆け寄った。京極殿への取り次ぎを頼むと訝し気にしていたが、京極殿の手蹟て で歌が書き付けられた扇を見せると呆れ顔に変わった。またか、と言わんばかりに警戒を解いて中に通される。女癖の激しいのにも良いことはあるものである。

阿岐有任『籬の菊』/文芸社文庫

平安貴族にとって必須の小道具である扇。本作中でも、顔を隠したり何かを指し示したり、歌を書き記したり季節の花を乗せて届けたり……と大活躍。

顔を覆うだけでは隠し切れない感情がぶつけられるのも扇、暗躍する誰かを暗示するのも扇。

古代中国の貴人が用いていたさしばと呼ばれる道具(長柄の団扇状で、従者が扇いだり貴人の顔を隠したりするのに使われていた)が日本に伝来し、そのままに近い形状で残ったものが団扇に、束ねたり畳んだりが可能な、コンパクトでかつ美しい形状に独自の発展を遂げたものが扇子となったと言われます。

当初は木簡(文字を書きつけた木製の短冊)を束ね紙縒こよりで繋げただけで、メモがわりのような実用的側面が強かったようですが、次第に広げた面に絵画が描かれたり透かし彫りなどの工芸的な装飾が施されたり、また、留金具や紐、素材にも、装飾的、季節的な工夫が凝らされるように。

常に手にしているとなれば、それはもう身を飾る衣裳の一部であり、室内を彩る調度品でもある。また、同時に儀式において重要な意味を持ち、神事に際して必要な道具のひとつでもあったため、扇子を制作する職人とその技量は、社会的にも高い地位を有していたと言われます。

この木製の檜扇ひおうぎ(女性用は袙扇あこめおうぎとも)から、後に紙を骨に貼り付けた「蝙蝠扇かわほりおうぎ」が生まれ(“かわほり”は、広げた形が蝙蝠に似ているからとも、“紙貼り”が変化したとも言われています)、現代に至るまでその形が主流となりました。

神が宿るとされ彼我の結界を意味し、儀式や神事に用いられる神具として尊いものであり、扇ぐことで風を起こし運気を上げ福を招く、あるいは末広がりの形状により子孫繁栄を意味する……などなど、吉祥文様として着物にも帯にもあしらわれることの多い扇。

器物文様のひとつとして扇子本体を柄としたものや、地紙文と呼ばれる紙の部分のみをあしらった柄。檜扇そのもの、またその一枚一枚の面にさまざまな柄が描き込まれたもの。季節の花々を扇子状にまとめた花扇に畳んだ扇子、破れ扇……と、さまざまなアレンジがあります。

落ち着いた水色の地に有職文様が描かれた扇子が舞う付下げは、柄がくっきりと際立つので華やかさがあり季節を問わず着用可能。

帯によってかなり印象が変わりそうですが、ここでは、道長裂に和歌や物語の一節が織り出された袋帯を合わせて王朝風の古典らしい華やぎのある着こなしに。

金銀糸が用いられた正倉院文様や有職文様などの格式のある袋帯を合わせたら、結婚式への参列や七五三、入卒式や茶会など、基本的なフォーマルシーンにはほぼ対応できそうな、適度な華と品格のある装いが叶います。背に縫いの一つ紋を入れておけば、よりきちんとした印象になりますね。

また、観劇やお茶のお稽古、ホテルでの食事など、正装ではなく、ちょっとだけドレスアップして出かけたい……といった場合には、織の名古屋帯や綴れの八寸(この後ご紹介する藍地に霞文のような)、重めの刺繍名古屋帯(後出の花薬玉のような)などを合わせてカジュアルダウンすることも。

帯留には、銀細工の文箱を

小物:スタイリスト私物

帯留には、銀細工の文箱を。本コラム冒頭のイメージ画像でお分かりいただけるかと思いますが、表面には偶然にも扇面が彫り込まれています。

今頃の装いなら、胸元には爽やかな白地の帯揚げを。この綺麗な澄んだ2色の組み合わせは、夏の重ね色目のひとつである“葵(淡青×淡紫)”のイメージ。

秋に着るなら、帯揚げを朽葉色の絞りに。

淡青(着物の地色)と朽葉色の組み合わせは、秋の重ね色目のひとつである「楓紅葉かえでもみじ」。

帯揚げの色はかなり顔映りに影響しますし、他者からの視界に入りやすく、また帯や着物に使われている中の響き合う色が変わってきますので、ここを変えるだけでもかなり印象が変わります。

秋に着るなら、帯揚げを朽葉色の絞りに

小物:スタイリスト私物

今宵の一冊より
〜花薬玉〜

 しばしの暇を請えば、女一宮はあっさりと頷いた。
「よろし。今年は五日節会いつかのせちえもなからんゆえ、母君、弟君らと過ごしはべ
かたじけなし」
 五日節会とは端午の節句を祝う公式行事である。帝が観覧されるのが慣わしの騎射きしゃの儀式などもあり、毎年内裏にて開催されるはずのものであった。しかし当今とうぎんの帝はまだ即位の儀も経ておらず、先帝の喪も明けず、加えて内裏は焼失中で閑院を仮御所としている状況であるから、誰から言い出したわけでもなく当然に中止と決まった。都の貴族は宮中にての行事が取りやめとなった以上、端午の節句には自宅に菖蒲の花を飾り、ちまきなどを食して密やかに祝うことになるだろう。

阿岐有任『籬の菊』/文芸社文庫

“端午の節句”というと、現代では男の子の節句という感覚が強いですが、それは武家文化を背景に庶民にも浸透した江戸時代以降のこと。

本作の舞台である平安時代においては、5月5日は“薬日くすりび”。

陰暦では現代の6月半ば頃にあたるこの頃は、ちょうど気温が上がり、梅雨時でもあることからものが痛みやすく、体調を崩しやすい時期=邪気の多い時期と考えられていたため、香りが強く、邪気を払う力があるとされた菖蒲や蓬などの薬草を採取し(薬狩り)、薬玉を作って飾る風習がありました。

沈香じんこう丁子ちょうじといった香木、麝香じゃこうなどの香料と組み合わせ、絹や錦の袋で包み玉にしたものを菖蒲や蓬と合わせて、五色の色糸を添えてまとめ(糸を長く延ばすことから延命長寿の意)、部屋の柱や几帳、調度品に掛けて飾ったり、美しく仕上げたものを贈り合ったりしたようです。

現代でも俳句の季語に“薬降る”という言葉がありますが、これは5月5日の午の刻(正午=12時)ごろに降る雨のこと。竹に溜まったこの雨水=“神水”で薬を作ると、特に薬効があると考えられていたのです。

ちなみに、このとき飾られた薬玉は、9月9日の“重陽の節句”に、呉茱萸ごしゅゆ(強い香りと薬効のある生薬のひとつ)の実を乾燥させ絹で包んだ茱萸嚢しゅゆのうと掛け替えたのだとか(『枕草子』では、菊の花を詰めた薬玉でしたね)。

2022.04.30

よみもの

”端午の節句(菖蒲の節句)” 刀を思わせる葉で邪気払い – 嵯峨御流「はじめましょう 花であそぶ節句」vol.2

細かいながら表情が豊かで存在感のある文箱が染められた、遊び心のある小紋に花薬玉の手刺繍が施された名古屋帯を合わせて。

このくらいしっかりした刺繍なら、こういった小紋や紬などの普段着にはもちろんのこと、付下げや軽めの訪問着などにも合わせられます。

こぢんまりとした内輪の茶会や観劇、カジュアルなお祝いの食事の席など、さまざまなシーンで活用できそうです。

前帯には、伸びやかに広がる五色の紐。

小物:スタイリスト私物

前帯には、伸びやかに広がる五色の紐。

着物と帯のベースはカラーレスなモノトーンですし、使われているどの色を選んでも当然しっくりきますので小物選びに困ることはなさそうですが、あえてくっきりとした鶸色の帯揚げを胸元に効かせると、モダンで爽やかな印象に。

御簾や几帳、文箱といった調度品に必ずと言って良いほどに用いられている、組紐のようなニュアンスのある段ぼかしの帯締めを添え、動きのある紐の刺繍を邪魔することなく馴染ませつつも、奥行きが感じられる帯周りの組み合わせに。

袷の季節であればいつでも使えます。

小物:スタイリスト私物

ここでは“端午の節句”にちなんだモチーフとしてご紹介しましたが、この花薬玉には四季の花があしらわれているので、着用時期をさほど限定せず、袷の季節であればいつでも使えます。

五色の紐の色のうち、こっくりと深い滅紫を選んで帯締めを変えたら、ぐっと落ち着いた雰囲気に。秋冬のお出かけやお正月などにもぴったりの組み合わせになりますね。

今宵の一冊より
〜葵祭〜

 祭である。
 何々の祭といわず単に祭と言わば、賀茂祭かものまつりのことである。
 斎王の行列を見んがため予定の行程上に控える車列、そのうちの一台に兵部は乗っていた。車には他に三人の姫宮が同乗しており、兵部の席は後方右側ーつまり末席である。兵部の前の最上席には当然のように主人が座り、次席の前方左側と兵部の隣の後方左側には主の妹姫らが腰を下ろしていた。年若の妹姫たちは、まだ行列の足音も聞こえないうちからそわそわと物見窓を覗いている。

〜中略〜

「斎王、おわしませり!」
 三の君、否、女三宮が声を上げた。兵部からは角度の都合上、まだ見えない。だが、ややあって先払いの女童めのわらわが兵部に視界に入った。白い服を着た神人じにんに傘を差し掛けられて、命婦みょうぶが通る。
 至る所に花をあしらった車が通る。葵に桂、桜に橘。兵部らの左右の見物の車からは、ほう、と感嘆の息が漏れた。

阿岐有任『籬の菊』/文芸社文庫

作中では“賀茂祭”、その呼び名を変えはしても約1500年の歴史を持つ“葵祭”は、京都の三大祭のひとつ(あとの2つは、7月の祇園祭と10月の時代祭)。

毎年GWから5月中旬にかけて開催されますが、中でも最大のハイライトは、5月15日に執り行なわれるお歯黒、垂髪すいはつに“十二単(五衣裳唐衣いつつぎぬものからぎぬ)”をその身に纏い、輿に乗って登場する斎王代を中心とした、総勢500余名の平安装束を纏った人々の大行列「路頭の儀」です。

性別も年齢もさまざまな各役によって違うそれぞれの衣裳や化粧だけでなく、牛車や傘といった道具類、装飾品など、見どころが満載。

インバウンド需要も最高潮の今、初めて目にする外国の方も多くいらっしゃることでしょうね(果たしてどれほどの人出になるのか、想像するだけで恐ろしいものがありますが……)。

源氏物語においても、有名なエピソードである“車争い”にちなんでセレクトしたのは、立涌の中に源氏車(御所車の車輪由来の文様)が織り出された大島紬。アンティークならではの薄くて軽やかな地風は、袷と単衣を行き来する今頃の季節に活躍してくれそうです。しなやかで着心地が良く、丈夫な大島紬は葵祭見物に京都へ……といった旅行の際にも重宝しますね。

落ち着いた、でも地味になり過ぎず適度な華のある色遣いで辻ヶ花風の葵が散らされた小紋地を、単羽織に。軽やかで季節を問わず、合わせる着物を選ばない使い勝手の良い羽織(お茶やお香などの習い事で着られるなど、きちんとした印象で着たい方は、道中着にしても)になりそうです。

もちろんこの小紋は、着物として仕立てても素敵でしょうね。カジュアルなものから袋帯まで、いろいろなクラスの帯を合わせて、幅広いシーンで使える便利な一枚に。

季節を問わない葵柄ではありますが、せっかくなので葵祭の頃に集中的に着ようと目論むなら、いっそ単衣の着物で仕立てても良いかもしれません(だからと言って、他の季節に着られなくなるわけじゃないので)。

2025.04.24

まなぶ

「源氏物語の女君がきものを着たなら」

インパクトのある個性的な柄行も魅力的。

着物: 大島紬「源氏車」
帯: 手織八寸名古屋帯 「刀さや」
小物:スタイリスト私物

アンティークらしいインパクトのある個性的な柄行も魅力的。アンティークでこれだけ寸法の大きいものはなかなかないので、大島をいつか一枚……と考えていた方には朗報かも。

合わせたのは、作中でも何度も触れられている帝のみが着用を許された禁色である黄櫨染こうろぜんの地に刀の鞘が織り出された八寸名古屋帯。本作において、重要な意味を持つ小道具“壺切御剣つぼきりのみつるぎ”にちなんで。

“流鏑馬神事”にちなんで、鏑矢の帯留を。

小物:スタイリスト私物

現代の葵祭でも行われる大きな行事のひとつ“流鏑馬神事”にちなみ、矢羽根を象った彫金の帯留を。刀の鞘と合わせて、武具尽くしの帯周り。

男児の健やかな成長を願う日である“端午の節句”に“菖蒲=尚武しょうぶ”を意味する意匠として用いられる武具の文様ですが、もともとの菖蒲が意味する薬効=健康や降りかかる災厄から身を守ることへの願い、そこから転じた尚武=勇ましく(対人ではなく、世のさまざまな理不尽や苦難と)戦い、道を切り開きながら生きる力を身につけてほしいという願いは、男児であれ女児であれ、育っていく子どもたちに向ける思いとしては共通のもの。

武具という、ともすれば重々しくなりがちな意匠でありながら、手織りの素朴な風合いが微笑ましく軽やかな遊び心が感じられます。こういった個性溢れる帯との出会いもまた、リサイクルならではの楽しみ方と言えます。

季節のコーディネート
〜紗袷・橘〜

数多ある吉祥文様のほとんどが中国の故事を起源とする中で、古来より日本に存在した柑橘類であり、不老不死の理想郷「常世の国」に自生する植物として、『古事記』や『日本書紀』にも登場する橘。

常緑の葉は永久とこしえを、芳しい花の香は邪気を祓い、丸々と豊かで鮮やかなその実は繁栄を意味するとされ、その祈りを込めて、京都御所の正殿である紫宸殿の正面に配されました。

“右近の橘、左近の桜”として雛飾りにも必ずあしらわれているように、御所を象徴する植物でもあります。

白く可憐な花を付ける橘の開花の時期は、ちょうど5〜6月の初夏。

紗袷としても、通常の付け下げとしても、ちょっと珍しい柄付け。

この橘という文様は、その特徴的な可愛らしい形のせいか、永遠の若さや生命力、子宝に恵まれるとされる意味からか、大振りで若向きな柄としてあしらわれること(配色も鮮やかなビタミンカラーだったり)が多い印象なのですが、こんな雰囲気だと年齢関係なく楽しめそう。

夏の夜明けを思わせる、藍地に霞が織り出された綴れの八寸帯を合わせて、大人の女性も心惹かれる遊び心と可愛らしさも備えた、シックで落ち着いたトーンの着こなしに。

小物:スタイリスト私物

平安時代の和歌や文学において、皐月ー初夏ーという季節を花橘の爽やかな香とともに彩るのは時鳥ほととぎす

鶯と並んで、その初音を珍重される存在であり、『枕草子』では徹夜で待ち焦がれる様子が綴られ、数多の歌にも読まれました。

橘の香は昔の思い出を蘇らせ、時鳥の鳴き声は、あっという間に過ぎる夜ー恋人同士の時間ーの、あるいは訪れのない長い夜の終わりを告げる。どちらにせよ、ほろ苦く切ない思いを託されることの多い組み合わせ。

……しかし残念ながら、さすがに時鳥の帯留は手元になかったので、やはりこの季節の空に似合う燕を代役(?)に。

渡り鳥である燕は、橘が自生する「常世の国」から訪れ、また帰っていく……という伝承もあったようなので、この組み合わせもあり、ということにいたしましょう。

後ろ姿に生き生きとしたリズミカルな表情を生み出します。

小物:スタイリスト私物

ころころと今にも転がり出しそうな丸っこく可愛らしい橘の文様が、後ろ姿に生き生きとしたリズミカルな表情を生み出します。

手織りならではの、しなやかで締め心地の良い綴れ帯。紬や小紋、付け下げ、軽めの訪問着などに幅広く合わせられ、また、季節的にも単衣と袷の両方に渡って使えるので重宝しそうですね。

透ける素材が重なって生まれるモアレ。

小物:スタイリスト私物

透ける素材が重なって生まれるモアレ、この何とも言えない不思議な浮遊感が紗袷の魅力。

初夏の空に漂う花橘の香。そんなイメージにも通じます。

2021.06.24

まなぶ

紗をかける 幾層もの重なりの、その奥に 「徒然雨夜話―つれづれ、あめのよばなし―」 第一夜

冒頭の書影に添えた藤の扇子は、親骨が“鶯骨”と呼ばれる形のもの。細く尖った鶯の嘴を模したものと言われます。これは宮脇賣扇庵さんのものですが、現代では作れる職人さんが少なくなってしまったとのことで、お店で目にする機会も少なくなりました。

私は扇子が好きなので着物を着る際には必ず帯に差しますが、この鶯骨の場合は紙の部分が帯で挟まれると傷んでしまうため差すことができないんですよね。……で、結局違う扇子を差しちゃうからあまり出番がなかったりするのですが(あれ?本末転倒……??)、でも、この細く華奢な骨の美しさはやはり代え難い魅力があります。

鎌倉以降、武家の世となるにつれて鍛錬や護身用、戦場における指揮用として使用された鉄扇や、中国との交易を通じてヨーロッパの社交界にまで広がった絹や羽根、レースなどを用いた華美な洋扇など、歴史の中でさまざまな広がりを見せた扇子。

装飾性と創造性に満ちた、扇面を開いて初めてわかる(折山さえも含めた)世界観、扇ぐ姿の美しさー用の美ー、無駄な力を加えずとも自然と閉じる、その姿のストイックなまでの機能美。

それらを兼ね備えた美しい小道具ー扇子ー。
それが日本で生まれたのも、やはり必然であったのでしょう。

さて次回、第四十七夜は……

男たちを翻弄し破滅へと誘う、白き珠の如き貴夫人の物語。

シェア

BACK NUMBERバックナンバー

LATEST最新記事

すべての記事

RANKINGランキング

  • デイリー
  • ウィークリー
  • マンスリー

HOT KEYWORDS急上昇キーワード

CATEGORYカテゴリー

記事を共有する