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世界と”個”を想う若き天才ー イマジンワンワールド 安田クリスチーナさん

世界と”個”を想う若き天才ー イマジンワンワールド 安田クリスチーナさん

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世界中の国々を表現した213の着物と帯を制作、着物を通じて世界をつなぎ、平和のメッセージを伝えるKIMONOプロジェクト「イマジンワンワールド」。ピース・アンバサダーの一人、安田クリスチーナさんは大手IT企業に所属しながら、NGOの理事も務めています。全4回、プロジェクトに関わる方々への取材から、そこにある想いや描かれる未来図を伺いました。

本来ならば東京オリンピック2020の開会日であった2020年7月24日。
一般社団法人イマジンワンワールドは、全世界、総数213の国と地域(※1)をイメージした KIMONO(振袖と帯)が完成したことを発表。

(※1)日本と国交のある国、東京2020大会に出場予定の国及び地域、IOCに所属する難民選手団、英国内のカントリー等を対象とする。

◆制作費は各国平等に200万円(着物100万円、帯50万円、仕立てや小物に50万円)
◆制作費はすべて寄付によって賄われ、全額を各制作者にお渡しする
◆プロジェクトメンバーは、全員ボランティア

これが、KIMONOプロジェクト「イマジンワンワールド」のルール。

日本でこそ活かせると思った自分のスキル

「東京アラビアンナイト2018」 “アジアと日本をファッションでつなぐ”
「東京アラビアンナイト2018」 “アジアと日本をファッションでつなぐ”

2018年7月、日本中東学生会議が主催するイベント「東京アラビアンナイト」が開催されました。

“アジアと日本をファッションでつなぐ”をテーマに、中東と日本の衣装を融合したファッションショーを敢行。
アラブ首長国連邦(UAE)の大使もお越しになり、KIMONOプロジェクトでモデル指導にあたっている和奏スミレさんは、日本側のキモノコレクションをプロデュース。
国際交流に励む学生の姿を目の当たりにしました。

そして、ボランティアとして関わっていたある女性に「KIMONOプロジェクトに参加しませんか?」と声をかけることに。
それが現在プロジェクトのピース・アンバサダーを務めている、安田クリスチーナさんです。

安田クリスチーナさん
安田クリスチーナさん

日本人の父とロシアの母の間に生まれたクリスチーナさん。北海道札幌市で育ちました。

日本の学校とロシア領事館付属の学校、その両方に同時に通学していたことから国際交流に興味を持ち、高校卒業後はフランスのパリ政治学院に進学。多国籍で国際色豊かな環境に身を置いたことで、初めて「一体自分は何者なんだろう?」と、クリスチーナさんのなかで疑問が浮かんだといいます。

学生時代、パリ政治学院の国際色豊かな仲間たち
パリ政治学院の国際色豊かな仲間たち
(中列左から2番目がクリスチーナさん)

自分のアイデンティティと向き合ううちに生まれたのは、「日本に貢献したい」という想い。日本でこそ、これまで養ったグローバルな感覚を活かせるのではないかー
そう感じたクリスチーナさんは大学を卒業した後、日本に戻り活動を始めました。

「日本はすごく“もったいない”と感じる部分があるんですよね。美しくて技術的にも世界トップクラスなのに、発信が苦手でそれを上手く発信できていない部分もある。その点、自分は言語能力に限らず、コミュニケーションや発信スキルを身につけてきたので、日本と世界の架け橋になれるんじゃないかと思いました」

講演中のクリスチーナさん

現在は大手IT企業マイクロソフト社でアイデンティティ規格の標準化を担当。コロナ禍においては厚生労働省が提供するあの接触確認アプリ「COCOA」に使われているオープンソースのソースコードの開発にも関わりました。

「器用貧乏なんですよね(笑)」笑顔でそう語る彼女の能力は、会社外での活動にも活かされています。

クリスチーナさんは会社員と並行してNGOの運営にも携わってきました。
2016年にはデジタル技術を活用した途上国支援をテーマに活動を進めるNGO「InternetBar.org」(IBO)のディレクターに就任。今年はパーソナルデータに対する個人中心の有効活用を推進する「MyDate Japan」の理事にも選出されています。

多数の講演依頼のあるクリスチーナさん
「Forbes Japan 2019」の『世界を動かす30人』に選出され、
多数の講演依頼のあるクリスチーナさん(右)
日本政策学校 理事長 上田博和さんと。講義の打ち合わせ
日本政策学校 理事長 上田博和さんと。講義の打ち合わせ

活動は多岐に渡りますが、クリスチーナさんのコアにあるのは“インクルージョン”。
恵まれない方々や途上国に住む人々への支援を通して機会均等を図り、新たな価値観を日本に持ち込むことを目指しています。

「幼少期から育った日本をより良くするためにイノベーションを起こすなかで、やっぱり日本人は、外から入った際に、許容することに抵抗があるものもあると感じました。だからこそ抱え込んでいる日本の素晴らしさを国外に発信して、日本に活かせるものは海外から取り込みつつ、日本で許容されない一線は越えないようにする。それが自分に任されたミッションだと思っています」

ラグビーワールドカップ
ラグビーW杯2019 東京スタジアムにて

フランス人の“ゴッドマザー”から教わった着付け

日々多忙を極めるクリスチーナさん。そんな彼女がKIMONOプロジェクトに興味を持ち、参加に踏み切った理由はなんだったのか。

モデルさんのレッスンをする和奏スミレさん(右)
モデルさんのレッスンをする和奏スミレさん(右)
首元に東京オリンピックエンブレムのシルクスカーフをつけて

前述したイベント「アラビアンナイト」において、クリスチーナさんはアラブ側のコレクションで招待され、モデル指導をする和奏スミレさんと出会いました。

同じ場所で練習していると、スミレさんの指導によって、ショーを歩くモデルさんの仕草や所作がみるみるうちに優雅に仕上がっていくのを目にしたのです。

そもそもクリスチーナさんは、人一倍着物に興味を持っていました。そのきっかけは、留学先で出会ったある一人の人物でした。

それは…フランス人の”ゴッドマザー”。

クリスチーナさんが通っていたパリ政治学院では、一人ひとりの生徒に先輩が“ゴッドマザー”としてつきます。クリスチーナさんについたゴッドマザーは日本が大好きで、徳島県での留学経験がありました。彼女のホームステイ先が、きものを制作しているお屋敷だったのです。

そのためなんと、フランス人でありながら自分のきものを3着所有し、着付けも完璧。
クリスチーナさんはフランス人から着付けを習うという不思議な体験をしており、そんな背景から、スミレさんからきものショーに誘われた際には、うれしい気持ちを抑えながら「ぜひぜひ!」と返事をしたといいます。

パリ政治学院の学長(中央)とクリスチーナさん(右)
パリ政治学院の学長(中央)とクリスチーナさん(右)
ゴッドマザーの影響から海外のイベントや会議では積極的に浴衣を着用
TICAD7アフリカ開発会議 総理主催晩餐会KIMONO ショー)
TICAD7アフリカ開発会議 総理主催晩餐会KIMONO ショー
(写真:外務省 事務局提供)

クリスチーナさんが初めてKIMONOプロジェクトのきものを着ることになったのは、“TICAD7”。安倍元総理主催の、日本とアフリカの関係性を深めるアフリカ開発会議です。総理やアフリカの首相たちが集う晩餐会でクリスチーナさんが着たのは、ケニアとジンバブエのきものでした。

ケニアのきものには、米沢織の一人者・新田源太郎さんによって壮大なアフリカの自然が描かれています。
国旗の色も含めなんと1,000色近い糸を用い、ぼかしをうまく取り入れながらすべて手織りで作られたそう。

KIMONO制作者:新田源太郎
KIMONO制作者:新田 源太郎
https://kimono.piow.jp/nation/059.html
KIMONO制作者:渡文
KIMONO制作者:渡文
https://kimono.piow.jp/nation/059.html

また、西陣の渡文が手がけた迫力ある帯は、虹色に美しく輝いています。

𠮷川染匠が制作を担当したジンバブエのきものには、ライオンや象など、アフリカの大地で育つ動物が描かれ、力強い印象に。

KIMONO制作者:𠮷川染匠)
KIMONO制作者:𠮷川染匠
https://kimono.piow.jp/nation/068.html
KIMONO制作者:おび弘
KIMONO制作者:おび弘
https://kimono.piow.jp/nation/068.html

ジンバブエに埋蔵する白金をテーマに、国花グロリオサが中央部に描かれた帯は、京都西陣で手織りにこだわるおび弘が手がけました。

各国首脳・要人の方々を案内するクリスチーナさん
各国首脳・要人の方々を案内するクリスチーナさん(右)
各国首脳・要人の方々を案内するクリスチーナさん
各国首脳・要人の方々を案内するクリスチーナさん(手前)
TICAD7アフリカ開発会議 総理主催晩餐会KIMONO ショー
TICAD7アフリカ開発会議 総理主催晩餐会KIMONO ショー (写真:外務省 事務局提供)

描かれた意匠のメッセージや、大使館の方と話し合いながら生み出されたことなどを、自らケニアの外務大臣に説明したクリスチーナさん。
そのための準備として、ただ装うだけでなく、事前にケニアと日本の貿易量や品物を調べたそう。

「ケニアは日本でもよく知られている国で交流も多い方なんですが、それでも貿易量が少ない。きものを着ながら、二つの国の交流を深めるにはどうしたらいいかなと考えました」

さらに、昨年11月、GINZA SIXにて開催された「五大陸着物コレクション」では、ブルガリアのきものをまとい、お披露目しました。

ブルガリアのきものは大使夫人自らがデザインに加わり、東京手描友禅の巨匠・飯島武文さんが制作。シンボルの赤いバラと、対照的に色鮮やかな民族衣装の文様。

KIMONO制作者:飯島 武文
KIMONO制作者:飯島 武文
https://kimono.piow.jp/nation/197.html
KIMONO制作者:新海 佳織
KIMONO制作者:新海 佳織
https://kimono.piow.jp/nation/197.html

新海佳織さんが作った博多織の帯には、国旗の色を用いた香水の瓶が描かれています。瓶の中には、これまたバラの柄。他のきものとはまた違った斬新なデザインに仕上がりました。

自分が着たきものが、また自分が着ることが、見る方にとってのどんなきっかけになったらいいか、そんなことを考えさせられたというクリスチーナさん。
代表理事・手嶋信道さんから繰り返し言われた「モデルさんだけが主人公ではない。メインはきものと、そこから伝わってくるメッセージ」という言葉を念頭に、クリスチーナさんはSNSに写真をUPする際にも、きものが出来上がる前のストーリーや、デザインの意味も説明しています。

五大陸着物コレクションにて
五大陸着物コレクションにて(KIMONO:ブルガリア共和国)

難民支援

KIMONOプロジェクトは世界207の国と地域だけではなく、難民選手団を表現したきものと帯も完成させています。難民選手団のきものと帯は、2020年「24時間テレビ」のTシャツデザインを担当した小松美羽さんが手がけました。

◆UNHCR Japan 国連難民高等弁務官駐日事務所 Facebook

“祈り”をテーマに小松さんが描く作品は、どれも生命力の強さを感じさせられるものばかり。難民選手団のきものと帯にも大胆な絵模様や生命の樹が施され、難民の一人ひとりの中にある個性や情熱が伝わります。

KIMONO制作者:小松美羽(制作 岡野)
KIMONO制作者:小松美羽(制作 岡野)
https://kimono.piow.jp/nation/213.html

安田さんが特に力を入れているのも、難民支援です。

難民とは、人種差別や紛争・主教的な理由から迫害のおそれがあり、故郷を追われた人々のこと。難民の数は現在、およそ7,950万人(※2019年末時点。年々難民の数は増え続けている)。

彼らが逃れた国で安心して生きていけるかといったら、そうではありません。
特に難民の受け入れに消極的な日本では、難民申請を出して結果が出るまでに平均3年という月日がかかります。さらに認定NPO法人「難民支援協会」によると、2019年に難民申請を提出した10,375人のうち、認定されたのはたった44人。

何も身分証明手段を持たない難民の方は、生活費もままならず、教育や医療を充分に受けることも叶わないのです。難民は、「自国に戻りたい」という想いがありつつも、「戻れないかもしれない」という可能性と向き合いながら、新たな地で生きていこうとしています。

その際、銀行口座を開設したり、保険に加入したりするときに課題になるのが、アイデンティティ、身分証明書類です。金融や医療分野においては、政府によるお墨付きが必要になるため難易度が上がりますが、それ以外の日常で使えるアイデンティティの発行を目指して、NGOでは活動しています。

2019年、バングラデシュで現地のプロジェクトメンバーと
2019年、バングラデシュで現地のプロジェクトメンバーと
世界各地の難民や少年兵やゲットーの住民と撮影したミュージックビデオ
世界各地の難民や少年兵やゲットーの住民と撮影したミュージックビデオ
https://peacetones.org/projects/world-united-song/

そこでクリスチーナさんは、IBO で電子証明書事業の立ち上げに着手しました。
難民に限らず、貧困層の方にも、保険証やスキル証明書にあたるデジタル ID を発行し、教育や医療などの公的サービスを受けやすくするプロジェクトを実行しています。

また、「自己主権型アイデンティティ」という考え方を大事にしており、行政や企業が個人情報を一括で管理するこれまでのモデルから、個人はいつでも自分の情報にアクセスすることが可能なモデルへの移行を目指しています。公開範囲を指定することができ、アクセス制限をかけるのも個人の自由になるモデルです。

「難民選手団を表現したきものと帯を見た時に、新たな地で新たなスタートを切ろうとしている彼らにふさわしい「白」という透かしの表地、そして、その表地に透けて見える裏地の絵模様が、住み慣れた土地を移動せざるを得ない状況に置かれた彼らがもつ「秘められた強さ」をあらわしていることに心を打たれました」

国際連合創設75周年記念公式プログラム 芸術文化学術・京都宣言および調印式)
国際連合創設75周年記念公式プログラム
芸術文化学術・京都宣言および調印式
※右端、アメリカのKIMONOを着たのは、
京都きもの市場の中国人スタッフ・代馨雨(だいきょうう)

2020年11月19日、KIMONOプロジェクトのメッセージはついに国連から世界に響いた。
それは、京都芸術大学における「国際連合創設75周年記念事業 京都芸術⽂化フォーラム2020 in 京都」のステージ。

選ばれたのは、国連安保理常任理事国5カ国(アメリカ・イギリス・ロシア・フランス・中国)の着物。その5カ国出⾝のモデルがあえて別の国の着物をまとって登場し、プロジェクトの理念「~世界はきっと、ひとつになれる~」を表現した。

国連⼤学学⻑デイビット・マローン⽒をはじめ、多くの来賓の⽅から賛辞や賛同の⾔葉をいただくこととなった。

「I disrupt you. We change Japan.」

クリスチーナさんが日々の出来事を綴っているHP(https://kristinayasuda.com/)には、「I disrupt you. We change Japan.」という言葉が飾られています。disruptとは、直訳すると“混乱させる”。
自分の知識やスキルを活かし、人々の生活を豊かに変えてきた安田さんとは結びつかない言葉のように感じるが、どういった意味でこの言葉を掲げているのかー

「みんな心の底で思っていることがあるものの、うまく表現できなかったり何をしていいのか分からないから表に出てこない。そこに私がサポートとして入り込み、『こういう生き方もあるよ』『自分の幸福を犠牲にする必要はないんだよ』と新たな価値観を提示したい。“現状を一度疑問視して、より良くしていこう”と考えるきっかけになればと思っています」

ギリシャにて

ピース・アンバサダーとして活動しているKIMONOプロジェクトもまた、伝統を大切にしながら新しい価値観に挑戦しています。

クリスチーナさんが印象的だったのは、加賀友禅の作家さんが、着物を制作するにあたり「加賀友禅の⼿法を使えばいいんですか?」と質問した時のこと。⼿嶋代表は、「こういう機会だからこそ普段の枠やリミテーションを超えて、⾃由に発想を働かせていいんじゃないか」と提案したそうです。

既存の価値観を大切にしながら、新たなステージにチャレンジしているという点で、クリスチーナさんの想いとKIMONOプロジェクトの活動は合致していました。

「新しい表現を上手く取り入れることができれば、アップデートに繋がる。もちろん伝統を守り抜くことも大事ですが、社会は変わっていくので時代に合わせたチャレンジが必要です。KIMONOプロジェクトを通して、文化をさらに磨き上げたい。ひいては、私たちの活動が日本のソフトパワーになればいいな」

NewsPicks のアンカーも務めるクリスチーナさん
https://m.newspicks.com/live-movie/922
NewsPicks のアンカーも務めるクリスチーナさん

実際にクリスチーナさんがプロジェクトを通して出会った人々は、内面からキラキラと輝いていた。
外(きもの)の美を見せているけれど、本当に見せたいのは「内なる美」。間接的に平和へのメッセージを伝えているところが、クリスチーナさんがKIMONOプロジェクトに惹かれた理由です。

「他のピース・アンバサダーのモデルさんも自分がやりたいことに突き進んでいる姿が美しい。
例えば、学生でありながらヨガのインストラクターをやっていたり、会社員だけど休日は何かおもしろい活動に励んでいたり。それを目を輝かせながら伝えられるのが、人としての美だと思います」

ラグビーW杯2019 東京スタジアムのバックヤードにて
ラグビーW杯2019 東京スタジアムのバックヤードにて(右から4番目がクリスチーナさん)

最後に、クリスチーナさんが考えるKIMONOプロジェクトの未来を伺いました。

きものは一つの媒体にすぎず、また違ったコンセプトで展開することも可能だと考えるクリスチーナさん。
大切なのは、“きものを見た人たちにきちんとメッセージが伝わったか”を「どう測るか」。結果が分からなければ、次のステージには進めません。

「見ている側も着ている側もあらためて平和について考えさせられましたが、今後も効果を高めていく方法を考えなければいけない。
第1フェーズが「コンセプト浸透」と「KIMONO制作および発信」だとしたら、第2フェーズは「磨き上げたミッションを確実に伝え、行動変容につなげていくこと」ではないでしょうか」

若き天才・安田クリスチーナさんは留まることなく、常に先を見据えています。

KIMONO PROJECT イマジンワンワールド プレゼンテーションムービー

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